──4月。
高校の入学式を終えたばかりの俺は、
思わず教室で独り言を呟いてしまった。
うっ、周りの奴が見ている。
微妙に……というか、かなり恥ずかしい。
絶対に変な奴だと思われたに違いない。
早く中学時代の友達の所にでも行って、
この恥ずかしさを払拭するか。
俺が席を立ち上がろうとした時、
前の席に座っていた男子がこっちを振り向いた。
しかし入学式ってのは、緊張するな
──4月。
高校の入学式を終えたばかりの俺は、
思わず教室で独り言を呟いてしまった。
うっ、周りの奴が見ている。
微妙に……というか、かなり恥ずかしい。
絶対に変な奴だと思われたに違いない。
早く中学時代の友達の所にでも行って、
この恥ずかしさを払拭するか。
俺が席を立ち上がろうとした時、
前の席に座っていた男子がこっちを振り向いた。
入学式、長かったよね
……よくわからんが、
友好的な笑顔で俺を見ている。
無視する理由も無いから、
一応返事をしておくか。
あ、ああ。
このあと自己紹介するんだっけ?
先生がそう言ってたね。
僕、このクラスに知り合いがいないから、
ずっと緊張してたんだ
ああ、それでか……。
なんとなく、こいつが話しかけてきた
理由がわかった。
俺の『緊張するな』という独り言に、
共感したらしい。
知り合いがいないってことは、
結構遠くから来てるのか?
家から学校が近くて、
それなりに進学率もいいからって理由で、
俺はこの高校を選んだ。
だから俺みたいな地元民なら、
知り合いが結構いるはずだよな。
うん、まあね。
ところで君の名前、なんていうの?
僕は菊田 誓っていうんだ
あっ、俺は瀬海 平和!
ふうーん、そっか
菊田が、『ふにゃっ』と柔らかく笑った。
なんだか話しやすそうな奴だな。
まだ友達がいない寂しさもあって、
一生懸命に笑顔を作っているのかもしれない。
おい、瀬海!
中学からの友達が、俺の肩を叩いた。
早速知り合い同士で円陣を組んでいるみたいだ。
こいつらと話してもいいが……。
菊田を置き去りにするのは可哀想だな。
ちょっと待って。
後で行くから
そうか?
そのまま友達は、輪の中に戻って行った。
心なしか、菊田がホッとしたような
表情を浮かべている気がする。
……んっと。
それで菊田は、入る部活決めたか?
あ、僕?
中学の時はパソコン部だったから、
高校でも入ろうと思ってるんだ
パソコンか……。
俺はネットとゲームくらいしか
やった事ないな……
部活だって、
やってる事は似たようなもんだよ。
瀬海も入らない?
あー……ちょっと考えてみる。
明日のオリエンテーション次第かな
うんっ
中学の時は帰宅部だったしな……。
なんか入ってみるか。
次の日になり、俺はパソコン部への
入部を即行で決める事になる。
だって……。
新入生の皆さん、はじめまして。
パソコン部の部長、
白坂ゆきのです。
部長があんなに美人過ぎるなんて、反則だろ!!
副部長と名乗るすかした野郎も一緒にいたが、
そいつについてはあまり眼中に入らなかった。
もっとも、入部してからすぐに判明した事だが、
副部長のくせに相当な幽霊部員らしい。
部員が少ない部活だから、
仕方なく副部長にしただけなんだろうな。
それから一週間くらい経った日のことだった。
昼休みになったので、
俺はパンを持って教室を出ようとした。
瀬海、どこ行くんだ?
あっ、悪い。
今日は友男のクラスで飯食うから
あっそ。
行ってらっしゃーい
いつも昼飯を食っているメンバーに手を振ると、
俺はお呼ばれされていた隣のクラスに入った。
俺が教室に入ると、
中学からの友達がすぐにこっちに気づいた。
おす、瀬海。
こっち座れよ
ああ……
促されるままに席に座ろうとすると……。
ぐあぁっ!!
何者かに足を引っ掛けられて、
俺は華麗に顔面から床に着地した。
うん、わかってるよ。
こういうのは、着地じゃなくて転倒だってのは。
驚いて足を掛けた奴の方に振り向くと、
そこにはイケメン……?
というか、この地味な学校には
ふさわしくないチャラい感じの男がいた。
はははははははっ!
ワリィワリィ!
そんなに豪快に転ぶと
思わなかったから
なっ……人を転ばせておいて、爆笑だと?
なんだかよくわからんが、
俺はちょっと苦手なタイプだ……。
…………
俺はそいつに返事をしないで立ち上がると、
制服に付いた埃を払った。
そのチャラい男と一緒に爆笑していた友男が、
笑いながらも俺の埃を払うのを手伝っている。
怒んなって。
中林ってこういう奴だから
なかばやし……?
俺が眉間にシワを寄せて首を傾げると、
窓枠に座っていたそいつが立ち上がった。
俺、中林 恒久。
友男のマブダチだっていうから、
からかいたくなって。
悪かったな
その中林という男が、
俺に向かってパックのコーヒー牛乳を投げてきた。
取り落としそうになりながらも、
それをキャッチする俺。
……くれるのか?
そっ、だから怒んなよ。
せかいへいわくん?
どうやら友男が、
俺の名前の漢字を教えていたらしい……。
あのう……。
『へいわ』じゃなくて、
『ひらかず』って読むんですけど
うん、知ってる
そしてまた、中林が爆笑した。
な、なんなんだこいつ……。
怒りや呆れを通り越して脱力した俺は、
気が付くと中林と一緒に笑っていた。
別に大して面白い内容でもないのに、
こいつが話すとなぜか面白い。
中林は、俺が今まで会った事がないような奴だった。
一緒に居ると難しい事を考える必要が無いし、
俺がどんなにくだらない事を喋っても
すげー笑ってくれて、
しかも更に話題を広げてくれる。
女子が中林の噂をしているのを、
何度か耳にしたが……。
こいつが女にモテまくる理由も、なんとなくわかる気がした。
それから俺は中林と話す機会が多くなって、
俺達は自然と仲良くなって行った。
あー、彼女欲しいー!
屋上で昼飯を食ってる時に、
恒久が唐突に叫んだ。
欲しいってお前、
彼女いるじゃん
恒久と仲良くなってから、何度見せ付けられた事か。
しかも彼女がいるっていうのに、
更に告白されるこのモテっぷり。
それでもまだ彼女が欲しいっていうのか、コイツ?
この前、彼女と別れてさ~
はっ……?
わ、別れたってちょっと待てよ。
お前が告白されたのは4月の話で、
今は5月……だとすると
俺が指折り数えていると、
恒久がため息混じりに呟いた。
2週間くらいで
振られたって事になるよな
ふっ、ふっ、振られたぁ~!?
驚きを隠せずに大声を出した俺を見て、
恒久は両耳を塞いだ。
声デケー
なっ、なんでだ?
何かやったのか、お前?
オレが他の女の子と仲良くしてるのが、
見ててつらかったんだってさ。
だから友達に戻りたいって言われた
なるほど、振られたってそういう事か。
だけどコイツ……その割には、妙に明るいよな。
わかった……。
お前、浮気しただろ?
ははっ、まっさかぁ~
ゲラゲラと笑っているが、どうも怪しい。
だって普通、彼女に振られたら
もっと落ち込まないか?
オレが傷つけたのは事実だし、
今もメールとかやって友達のままだから、
それはそれで良いかなと思ってさ
あまりにアッサリとした様子に、
俺は腕組みして考え込んでしまった。
……そんなものなのか?
平和は女と付き合った事が無いから、
わかんねーんだよ
い、いや。
そういう問題じゃないと思……
お前は特殊なんだよ、と続けて言おうとした時に
屋上の扉が開いた。
扉の方に振り向くと……。
そこには美少女という言葉が相応しい、
ものすごく可愛い女の子がいた。
恒久くん、やぱりここにいた!
朝に貸した数学の教科書、返してよ。
私のクラス、次は数学なんだから
あー、ワリッ。
机に入ってるから持って行って
もうっ……
そしてその女の子は、扉を閉めると共に姿を消した。
…………!?
な、なんだ今の女の子なんだ今の女の子なんだ今の女の子なんだ今の女の子なんだ今の女の子なんだ今の女の子なんだ今の女の子なんだ今の女の子なんだ今の女の子なんだ今の女の子なんだ今の女の子!?
あんなに可愛い子、今までに見た事が無い!
恒久と仲が良さそうだったけど、
彼女ってわけじゃないよな?
うん、きっとそうだ!
そうに違いない!
恒久は別の彼女がいたし、
それについさっきだって『彼女が欲しい』と
言っていたしな!
おーい、聞いてるか平和ー?
恒久の一言によって、俺は我に返った。
ぎゃっ!
な、なんだ?
いや、さっきの女子なんてどうだ?
って聞いたんだけど……
さっきの女子って……。
今、数学の教科書がどうとかって
言ってた子か?
そっ。
滝岡めぐりっていうんだけどさ、
中学からの知り合いなんだよ
性格も良いし、
お前と気が合うんじゃないかと
思ったんだ。
平和にその気があるなら、
今度みんなでどっか遊びに……
それを聞くなり、俺は恒久の襟首を掴んだ。
そっ! そっ! それは!
さっきの女の子と俺に、
付き合えって事かぁ~!?
その時の俺は、凄まじい形相をしていたらしい。
一歩後ろに退きながら、恒久がしどろもどろに答えた。
ま、まあ。
お互いに気が合えば、の話だけど
恒久……お前、マジで良い奴!
俺の大親友!
ははは、何を今更
前から良い奴だとは思っていたけど、
まさかここまでだとは思わなかった。
恒久に何かあった時には、絶対に助けてやるぞ!
つづく