糸のように細い目をギラリと輝かせ、兄は堂々とそう言い放った。しかし、私も母も父も庭の犬も、その言葉への理解にはまだ追いついていない。
兄。この人が私の『悩みの種』である。先程も言ったように、正確には『これから悩まされるはずの存在』だった。
今年で三十一歳、私と十五も離れた兄である彼は今から十年前、専門学校でのイジメを期に部屋に引きこもるようになった。以来食事と入浴・排泄以外、滅多なことでは部屋から姿を見せることがなかった。
元々気が弱い性質であった……らしい。『らしい』というのは彼が引きこもり生活を始めた頃、私はまだ六歳で他人の性格を見定める能力を充分に備えていなかったからだ。
しかし、稀に部屋から出た彼と会話をすると、本当にわずかな時間ではあるけれど、幼い私に内緒で小遣いをくれたり(もっともその金は父や母からもらっているようで、どっちみち本人が外に出ないのでは使い道が無いようにも思える)、熱を出して寝込んだときは夜中にそっと濡れタオルを変えてくれたり、学校でいじめられてはいないかと声をかけてくれたり(本人がイジメによってこのような環境に陥ったのだから尚更心配なのだろう)、私からすれば兄によってほとんど困った思いをしたことがなく、時々会話ができて少々維持費がかかるだけのインテリアのような存在だと思っているので、現状では『悩み』と呼ぶ存在へは至らないのだ。もっとも両親からすれば深刻過ぎる悩み以外の何物でもないのだけれど。
もちろんこれも先述の通り、現状のままでは私にとってもいずれ兄は大きな悩みとなる。私が結婚などしようときに相手方の家族にどう説明するのか。そもそもこんな暮らしが長く続くわけもない。兄の面倒を私に押し付けられたら?
で、今である。
ずいぶんと久しぶりに家族全員の前に姿を見せた兄の突然過ぎる告白は、私達を困惑させるのに充分過ぎる破壊力だ。破壊されたのかもわからなくなるほどなのだから。