-のぼりの夢-
-のぼりの夢-
目を覚ますと、
いつの間にか隣に
カリフォルニアのヤスデ女が座っていた
私のヘッドフォンからは
古いロックの歌が流れている
とてもいい歌である
カリフォルニアのヤスデ女は
きっと聞いたことがないだろう
こんなにいい歌なのに…
聞かせてやりたい
私はそう思いながら
音漏れしないよう
音量を2つ下げた
カリフォルニアのヤスデ女も
イヤホンをして音楽を聞いていた
気がつけば電車に乗っている人、
ホームに立ってる人、
ほとんどの人が
自分の好きな音楽の中に
ひきこもっていた
それでいい
十人十音の世界なのだ
窓の外を見ると
雨はもう上がっていて、
真っ赤なサルスベリの
咲く街がそこにあった
私の街にもサルスベリは咲いていたと思うが、
どうだったろう
この街のサルスベリは誰もかれも堂々としており、
枝先からは艶赤の大花を溢し、
私を歓迎するかのように
お辞儀をしているのだった
その鮮やかな赤い熱に
私は火傷をした
音楽を止めて
サルスベリの街に降り立つ
クレパスで画用紙に描いたような
幼い頃 夢で訪れた
あの街に似ている
まぶしい黄金の陽射し
蝉しぐれ
木陰を涼風がくぐり抜けてゆく
誰もいない静かなこのまちでは
見えるものすべてが眩しく輝く
本当は分かっていた
何処へ行ったって私が変わることはないということ
私が変わらなければ何処の世界も同じだということ
霧の向こうにいたのは私だった
サルスベリの街で食べた蕎麦は
実に美味かった
私は無性に誰かにこの味を自慢したいと思った
あの人にも食べさせてやりたい
こんなに美味しい蕎麦を食べたらきっと
あの人も喜ぶだろう
笑うだろう…
サルスベリの鮮やかな街が
急に現実味を失っていった
夢の中でこれが夢だと気付いてしまったような
物足りない気持ちがした
よく知ったあの街の景色が
胸に浮かぶ
このサルスベリの赤が色褪せてしまう前に…
もう一度伝えてみたい
蕎麦屋を出ると
深緑のトンネルの中に
清らかな小川が流れていた
そのほとりをそぞろ歩きながら
地面に零れた光の欠片を拾い集め、
川沿いの木陰に座り込んで
ノートにひとつひとつ張り付けていく
ページをめくると
心地の良い風が通り抜けていった
私は黄色のヘッドホンを首から下げ
音楽を流した
鳥のように自由な歌声
激しく燃える蝉の声
常しえの水のささやき
美しい音の揺り籠の中で
私はしばらく夢を見た
薄い財布と音楽と土産物の菓子を持って、
私はまたオレンジ色の電車に乗っている
静かな車内に女子高生たちの
平和なおしゃべりだけが聞こえる
戦い疲れたサラリーマンは
イヤホンをしたまま眠っている
その後ろで若い女性が静かに本を読んでいた
みんな家に帰っていく
太陽も私も帰っていく
車窓にオレンジ色の窓がいくつも流れる
帰りは妙に遠く感じるのだった
青い街の間をオレンジの電車が走る
知らない街を誰にも気付かれずに通り過ぎる風
風を知っているのは、遠い街のあの人だけ
-終-