王が使おうと言ったもの、それはワンダリア国に伝わる探し物を見つける器物、羅針指(らしんし)だった。
あれ、ですか?
そう、あれ
はぁ
…どこにやったっけ
え?
…う~んと…
おいっ
王が使おうと言ったもの、それはワンダリア国に伝わる探し物を見つける器物、羅針指(らしんし)だった。
だが王は、代々伝わる大事な王家の宝の在処を失念したらしい。
あ~ヒマひま。
暇な~のだ~
ワンダリア国の城下町を行くニートのゆきおは今日もご機嫌だった。
そして暇を持て余していた。
光が見えたかと思う間もなく目の前に突然、大きな獣が現れた。
オオカミのようだ。
ゆきおには、それが”何”であるか、わかっていた。
あ、おにいちゃん、
おはよう!
それはゆきおの兄で、名をゆきじといった。
おはよう、ゆきお
今日も見廻りしてるの??
ああ。
城下の平和を守るのが、
俺の仕事だからな
言いながらゆきじは人の姿になる。オオカミの姿になれるのは、ゆきじの能力の一つである。
ゆきじはその能力を買われ、ワンダリア城で獣耳二十四牙(けもみみにじゅうよんき)として働いていた。
へ~。偉いね、お兄ちゃん!!
弟がおだてると、兄は嬉しいのか胸を張って言った。
だろ~?
お兄ちゃん、
ジェラート食べたいな~
弟ゆきおは兄ゆきじのそんな隙をいつも見逃さない。
え?
豆腐小僧のジェラート、
食べたいな~
……しょうがないなあ
言いながらゆきじは、渋々金欠で痩せた財布を取り出そうとした。
城での勤めは城下で働く者に比べて賃金は高かったが、いくら城で働いているとはいえ、兄弟が多いゆきじは毎度給料日前のこの時期、金欠にあえぐことになる。
ゆきじが泣く泣く財布を開くと、
俺が払うよ
と、ゆきじの横からピンク色の小さなケモミミがパンパンに太った長財布を持って店に並んだ。
いらっしゃいませ~
兄貴…
やっっったぁぁ!!!
まさ兄、だあいすき!!!
小さなウサギの正体はゆきじとゆきおの兄、まさゆきだ。まさゆきは仕事場が離れているため独り暮らしをしている。几帳面な長兄の趣味は貯金と記帳。
休みの日にはたまにこうして兄弟の顔を見に来てくれるのだ。
…くそっ
いいところを持っていかれた次男のゆきじは面白くなかった。
ゆきじは、どれにする?
それでもゆきじは、抜け目なく好物のフレーバーを注文してしまう。
……マンゴー味…
一方、ワンダリア国の玉座の間では、王女が行方不明の緊急事態に際し、国王自ら解決策を考えていた。
だが、どんな探し物も見つける羅針指の在処をうっかり失念した国王。
うっかりにもほどがあるが、まじめくさった顔で王はプランBに作戦を変更することを告げる。
つまり、王女を捜すために羅針指をさがすという迂遠かつ杜撰な方法。
計画をする前から計画が破たんしている。
"モモちゃん"、呼ぼうか
"モモちゃん"、ですか?
うん
そうですね…
モモちゃんとは、王がよく使うド○エもん的秘密兵器のことだった。
秘密兵器はちょくちょく呼び出される。
スミスもそれ以外に方法は無いと思った。
なにしろ秘密兵器なのだから。
これで杜撰な計画も少しは体裁を保てるだろうとスミスも内心安堵する。
じゃ、呼んでおいて
王は立ち上がり、出口に向かう。
はい
自室に戻るとスミスは、すぐに部下を呼んで指示を出す。
ゆきじをここへ
王に忠誠を誓うスミスの言葉には一切の迷いがない。全ては王女を見つけるため。
はっ
ゆきじの仕事用の携帯が振動したのは、ちょうどジェラートを頬張った時だった。
ゆきじ様、スミス様がお呼びです。直ちに城へおいでください
緊急を要することは、すぐにわかった。
ゆきお、これも食べな
ジェラートをゆきおに手渡しながら立ち上がる。
え? いいの?
ああ、お兄ちゃん、城に行かなきゃいけなくなったから
え~
まさゆきが近寄って聞いてくる。
緊急か?
うん。スミス様がお呼びだ
また王女の猫が逃げた
とかじゃないだろうな
ははは。
それはないと思うよ
以前にも一度、ゆきじはこうして呼び出されたことがあった。
その時はまさゆきのいうとおり、王女の飼い猫の『ナツメ』が行方不明になったという要件だった。
城中の捜索が夜を徹して行われた。
結局猫は王女の部屋のソファの下で見つかった。
のべ数百名の部下が総動員されたが、猫を見つけたのは羅針指という王家に伝わる器物だった。
実はゆきじ達には知られていないが、その時も羅針指の在処を失念していた国王は分かりやすい場所に保管したのだが、見事に同じ轍を踏ん付けている。
気をつけろよ
うん。わかってる。じゃあ
ああ
ゆきじはそう言って光の中に消えていった。
ゆきおはしょんぼりと兄を振り仰ぐ。
まさ兄
うん?
マンゴー、きらい
…うん。
お兄ちゃんが食べようね
あ~ヒマひま。暇ですねぇ
ここはワンダリアの東の森にある引きこもりラプンツェルの家。
大きな木の中に住んでいる。窓からワンダリアの城下町を眺めながら、ため息をついていた。霧があたりに立ち込めている。
おい! 引きこもり!!
ん?
見下ろすと青いリボンがぴょんぴょんと跳ねている。
ラプンツェルは弾けんばかりの笑顔になって窓から叫んだ。
おかえりー!!
アリスー!!!
いいから早く髪、降ろせよ
は~い
鼻歌交じりにラプンツェルは自分の髪をアリスのもとへと降ろしていく。
衣擦れのような音が微かに響く。
降りてきた髪に慣れた様子で足をかけると、ラプンツェルが今度は髪を綱のように引く。
窓までくると手をかけて、しゅるりとアリスは中に入った。
おかえり~!
家に上がるとラプンツェルは喜びのあまり小さなアリスの体をちぎれそうなほど抱きしめた。
…い、いだだだだだ…