―ポードビダの街・宿―
―ポードビダの街・宿―
ポートビダの街全体を覆う空の色が、橙から黒に変わりつつある時間。
木の良い香りに包まれている部屋がある。
窓際に四つのベッドが配置され、中央に長椅子が置かれたシンプルな造りの部屋は宿屋のものだ。
調度品は少ないが、必要最低限の生活は出来る部屋を通る風は少し肌寒い。
傍にある海の水温を運んできているのだろう。
木の匂いに潮の香りも紛れている。
『ベンハのコロッセオ』は当分の間、営業ストップだろうなぁ。
結局あのレースは幻に終わっちまった……
レース?
あ、いや何でもねぇ
一般市民に死者が出てないのが救いだろう
ギルドや連合軍はそうも言っていられないだろうがな
……
非番の連中も出ていたら結果は違っていましたかね〜
魔物の襲撃によってベンハのコロッセオは戦場となり、魔物を全滅させても、残された爪痕は大きい。
魔物たちはまたしても魔王軍に属していない野盗の集まりであった。
ユニコーンを狩る過程で『ヘキサポリス』に来たという。
魔物にしてみれば偶然の産物だったのだろう。
その偶然を生み出し、コロッセオに空間の歪みを出現させたユニコーンは今、宿に備えられている厩に繋いである。
パトリシオンと名付けた新しい仲間である。一応、ユニコーンは人に危害を加えないとはいえ、魔獣であり絶滅危惧種でもある。
本来は元いた世界に返した方がいいのかもしれないが、返す先が魔界『テトラロブリ』であってはどうしようもない。
隠れて連れてきたということもあり、誰も文句は言わなかった。
文句もないが、『ベンハのコロッセオ』を守ったことについても、誰からも謝礼の言葉はない。
しかし、それが当然の世の中であるため気にすることはなかった。
逆に、魔物の襲撃から守ってくれてありがとうと言いに来る人間は何か含みがあるのではと疑ってしまう。
だから、わざわざ宿にまで訪ねてきた人間がいるとソートクは身構えざるを得ない。
長椅子に腰を下ろしていたパッフも立ち上がる。
ゼリィとシューだけは、身じろぎせず、ベッドに座ったままだ。
開いている。誰だ?
ごめん下さいですのよ
お邪魔しますわ♪
あ、テメっ
おおスフレ嬢。
無事だったか
まったくもって無事ですわ
メレン殿ではありませんか
いやーちょと探したですのよ
あららぁ、探してた妖精さんですかねぇ
パッフさん、お知り合いですかぁ?
ええ。
で、メレン殿、そちらの女性は?
スフレ嬢だ
オレ達と『ベンハのコロッセオ』で一緒になってな
メレン、用がある方ってこの人たちのことですの?
はい――
って、意外とややこしい状況ですのよ
誰が誰の知り合いなんだ?
なら今一度、ご挨拶いたしますわ♪
ワタクシはスフレ=ラル・ド・エルク
私は妖精族 戦闘妖精種メレンですのよ
ソートクだ。
紹介する、剣闘士がゼリィ、魔法使いがシュー。もう一人、騎士然の女性がパッフだ。
これはご丁寧なご挨拶、痛み入りますの
以後お見知りおきを、スフレ殿
随分と可憐なお方ですが、また無闇に誘ったりしてないでしょうね?(ヒソ)
しまった……俺としたことが!?
未だにスフレ嬢を誘っていない!!
一生の不覚!!(ヒソ)
だから無理に誘わなくていいんです!!(ヒソ)
?
どうされましたの?
いえ、こちらの話です
それで、何用か?
ちょっとお待ちいただけますか〜?
どうした、シュー?
そちらの妖精さんにお話がありましてぇ……
シュー殿、メレン殿は疑う相手ではないと思いますが……
そんなことは百も承知ですぅ。
ですがぁ、聞いてみないと始まりませんもの〜
およ?
二、三聞きたいことがありまして――
……
ゼリィとスフレ嬢は?
いいから。いいからこっち来いって
なんですの?
厩なんかに連れて来て
お馬さんは好きですけど、一緒に寝るにはちょっと不衛生な方々ですわよ?
ホレ、こいつを見てみろって
あらまぁ!
あの時のユニコーンですの!?
オレたちの戦利品さ!
というより、新しい仲間、パトリシオンだ。
なかなか洒落た趣味をお持ちですのね♪
こうやって見ると随分と大人しいですわ
魔物に追い掛け回されてたってのもあるんじゃねぇかな
それにしても、立派な角に美しい毛並ですわ……
だろー?
さて、と。
これからちっと恥を掻いてもらいましょうかお嬢さん
スフレ=ラル・ド・エルク。
お嬢様とはいえ、あの言動にこの格好――
コイツは処女でないことは明確だ!
処女でない者が乗ろうとすると、パトリシオンは拒み暴れるはず……
完全に私怨で悪いが、ちょっと驚いてもらうぜ
問題はどうやってスフレを乗せようとさせるかだ……。ユニコーンの性質を知ってたら相当難しいぞこりゃ……
ゼリィさーん!
んあ?
流石ユニコーンですわね。
乗り心地、最高ですわ♪
乗れんのかよっ!!
乗れちゃうのかよ!!
てことはお前もやっぱ処――
なるほど……ですのよ
その『口笛石』の影響で〜、一国が窮地に陥っていたんですぅ
今は利用できませんが、これがその石です
にわかには信じがたい話ですのよ
だが事実だ。
そしてぇ、これを売っている商人を探しているのですぅ
この街に来た当初の理由は別なことにありましたが、シュー殿曰く、探している商人『木馬の商人』をここで見かけた人がいるというのです。
そして、その商人の相手がメレン殿だったと
……
安心するのですのよ。
ではやはり、人違いで?
いえ、この街に妖精族は私しかいないですのよ。
と言うと――
つまり、『木馬の商人』にはあっているのだな
はいですのよ
やっぱりですねぇ
本当ですか、メレン殿?
はいですのよ
でも安心してほしいですのよ。
『口笛石』なる物は買っていないのですのよ
そうですか
よかったです
だから〜最初から疑っていないと言ってるじゃないですかぁ
それで〜メレンさん。
『木馬の商人』について詳しくお聞かせ貰えますかぁ?
もちろんですのよ
あー、何で私があの勇者の買い物のパシリをしなくてはいけないのですのよ
もし。そこの妖精さん
まぁ、多めにお金は貰っているからいいのですけど――
こういうことばっかりしてるから、偏差値が上がらないのですのよ
……
あのー、そこの妖精さん?
およ?
これは失礼したですのよ
いえ、別に構いませんけど……
私はしがない行商人をしております……
およおよっ?
この木馬珍しいですねぇ。魔法で動くのですのよ?
……
あーまたまた失礼ですのよ。
何せ珍しいものを見ましたので
いえ結構。
実は、あなたに是非とも買って頂きたいものがありまして……
すみませんけれど、街頭キャッチはアンケート含めて断らせていただいてるのですのよ
……
「勇者のお仲間であるあなたに」買って頂きたいのです
およ?
どうしてわかったのですのよ?
私には全てが見えていますので。
高度な魔法使いと思っていただいて結構
どうでしょう?
私の商品は、志の高い方こそが使って価値が出るというもの。
うーん……
私の商品を買えば、必ずやあなたが侍る勇者殿は活躍し、栄光を手に入れることができ――
断るですのよ
最強の勇者となること間違いな――
え?
あの勇者が栄光を手にするなんて、あってはならない話ですのよ。
他をあたって欲しいのですのよ
……
やはり『深緑の大地』の人間は当てになりませんねぇ。
『凍青の大洋』にでも行きますか……
……『凍青の大洋』?
と、言うわけですのよ
なるほど……
メレンが勇者の仲間であることを知った上で声を掛けて来たか……
ますます謎が深まっていきますね……
ですがぁ、『木馬の商人』の行き先はわかりましたねぇ
大陸『凍青の大洋』か
神託によれば、そちらの戦力が不足しているらしいが……
であれば、行かない理由はありませんね
なんとしても『木馬の商人』を捕まえましょう!
ともかくは大陸『凍青の大洋』だな
『口笛石』が何なのかが気になるところですねぇ
こんな宝石が魔物を呼び出すとは――
正確にはぁ、空間の歪みを作り出しているんですぅ
俺達の誰一人として、実際に見たことは無い。
だが、実際このせいでタニリタの国は危険にさらされていた。
未遂で済みましたが、アジトの魔物が一斉に攻め込んだらと思うと……
それを救ったのが、ソートクさん。
で、あってるですのよ?
知っていたか……
ウチの勇者が愚痴ってましたからねぇ
まあ、もう仲間ではありませんが
ついに袂を分かったのですね……
もちろんですのよ
金運がどうという話はよろしいのですか?
構いませんわ
まとまった金が手に入ったんだとよ
おかえりなさい〜
ただいま……なんか疲れたわ
メレン、そちらの話は済みましたの?
はい
それでですね、ソートクさん一つ御相談事があるのですのよ
どうした?
私たちもソートクさんの旅に加わりたいですのよ
ですわ♪
もちろんだ!!
早っ!!
このソートク。美少女からの提案を断る術を持っていない!
快諾する以外他無し!!
あららぁ、よろしくお願いしますねぇ
まぁ、こうなるわな
お、お待ちください!!
なんだ?
パッフは反対なのか?
いえ私は勿論大歓迎です
ですが、勇者殿の野望をメレン殿たちは知りません!
およ?
ソートクさんは野望をお持ちで?
然り。
このソートク――
美少女ハーレムを造らんが為、邁進している!!
まぁ♪
俺の野望を第一に!
世界平和を第二に!
胸を張って言わないでください!!
……
……
ほら!
スフレ殿もメレン殿もドン引きされているじゃないですかっ!
いや――
これはぁ――
面白そうですわ♪
ですのよ
おお!
なんですと!?
こんな世の中だからこそ、ワタクシ達はどこか楽しめる部分を探してますの
ソートクさんなら、きっと楽しめる――。
その予感は的中しましたわ♪
美少女ハーレム……。
本気だろうと冗談だろうと、見届ける価値があるですのよ
俺は至極本気だが……
はっはっは!
いいじゃねぇかソートク!
一気に二人も追加ですねぇ
パトリシオンも含めれば仲間が三人も増えた!
美少女五人!!
おお、どうだ!!
俺の野望は着々と進んでいるぞ!!
なんですと!!
とソートクさんの意気込みに待ったを掛けたいですが、それではスフレ殿とメレン殿の仲間入りを否定してしまうことに繋がります。お二方に一片の不満も無いのは事実ですし、でもそれを受け入れてしまうとソートクさんの野望が一歩前進したことを肯定してしまいかねないあああ私はどういう反応をとれば……
パッフ
は、はい!?
爆発する前に、今は新しい仲間が増えたことだけを喜ぼうではないか
よろしくですのよ、パッフさん
え、ええ
こちらこそ
いよぉし!!
新しい仲間が出来たらまずは酒だ!
あららぁ、いいですねぇ
よろしくお願いしますわ、パッフさん
よろしくお願いします
……
……何か?
パッフさんはソートクさんと、しましたの?
「した」?
何のことでしょうか?
いやですわもう。あのことに決まってますの。
耳をお貸しください♪
はあ……
!!??
およっ?
どうしたのですのよっ?
パッフさんが爆ぜたみたいですねぇ
大丈夫かパッフ……?
せ……セク……セク…
駄目ですねぇこれは……
スフレ、お前パッフにも聞いたな?
何のことですの?
こうして、勇者ソートク一行に新たな仲間が加わった。
一人は日焼けした肌に銀髪が映えるお嬢様。
一人は人間の子供程の大きさの小さな妖精。
ソートクを囲む美少女が五人に増えたのである。
だが、ソートクはまだ満足しない。
片手で数え切れる人数の美少女を集めたところで何になる。
もっとたくさんの美少女を集めるために、ソートクは進む。
ちなみに――
あ、ソートク。
スフレ、ユニコーンに乗れたぜ
よっしゃああ!!
この日、この時をもって。
ソートクは生まれて初めてガッツポーズをした。