空閑 綾人

君が死んだら僕の存在は完全に無くなる。自分の命惜しさに……君が忌み役になる必要なんてないんだ

柊 ユウ

……空閑くん

 柊はフェンスに背をつけて、僕の手は彼女の首を確実に捕らえていた。

 屋上は普段鍵が開くことはない。
 誰もここに来ないだろう。

柊 ユウ

空閑くん、それは……私を殺してから、自分も死ぬっていう事……?

空閑 綾人

違うよ。そんな事はしない。……もし僕が死ぬんだったら君より先に死にたい

柊 ユウ

じゃあどういうこと?……どうして、……存在が無くなるって……

空閑 綾人

僕は、君の“感情”から生まれた存在なんだ

 柊ユウがこの世界に現れたのが先か、それとも僕が先かは解らない。

 卵が先か鶏が先か。


 彼女のマイナスの感情がこの世界を壊し、壊れた世界を再構築する力は涙を流された対象である僕にある。

 ただの人間にそんな力があるはずはない。
 彼女だけが、特別に選ばれたんだ。


 僕は人間なんかじゃない。


 僕は、柊ユウのマイナスの感情から生まれた“存在”でしかない。

空閑 綾人

だから君が繰り返さずに自ら死ぬ道を選べば、僕は必然的に消え失せる。
……僕を形成する成分の供給が無くなるんだからね……

柊 ユウ

……そうだった、んだ…………。じゃあ、空閑くんは……人間じゃない、ってこと?

空閑 綾人

そう。ただの存在だよ。君の付属品みたいな感じ


 だから、“僕は彼女がいなければ生きていられない”のだ。


空閑 綾人

君が世界を何度も壊して、僕が何度も創り直して、やり直しても。僕は幸せだった

柊 ユウ

……そう

空閑 綾人

君も幸せだった

柊 ユウ

……

空閑 綾人

そう、僕がただ思っていただけなんだ



 だから、だから僕のこの手で……。


 創り手である僕の手で、セカイを……。


柊 ユウ

でも空閑くん

空閑 綾人

……








柊 ユウ

手に力、入ってないよ?








 手が震える。

 視界が霞む。



 彼女はまっすぐ、透き通った綺麗な瞳で僕を見つめてくる。

 こんなにまじまじと対面したのは、もしかしたら初めてかもしれない。


 頬を何かが伝うと、彼女は眉をひそめて微笑んだ。

柊 ユウ

終わらせたかったの?

空閑 綾人

…………

柊 ユウ

何を、終わらせたかったの? 空閑くん? それとも私?

空閑 綾人

……僕は、

柊 ユウ

うん

空閑 綾人

僕は、前の世界で……君を引き留められなかったんだ

柊 ユウ

……うん

空閑 綾人

いつも、ただスイッチを押すように死ねたのに……そんな度胸はあるくせに、君に想いを伝える勇気なんて無かった……

柊 ユウ

……うん

空閑 綾人

情けなくて、でも……世界をやり直すのとは全然違ったんだ。
ただ君に、『好きだ』って言えてれば……いや、いつだって……前の世界でだってやり直しは出来たのに……

柊 ユウ

……そうだよ、きっと。私だってただの人間なんだし、失敗したってもう一度やり直せたよ

 全てを吐き出して、みっともなく涙も止められないこんなに僕に、

 それでも彼女は優しく笑ってくれる。

柊 ユウ

それに空閑くん

空閑 綾人

……?

柊 ユウ

私も空閑くんも死なないで、そのままっていう選択は出来なかったの?

空閑 綾人

……いや、出来ないよ

柊 ユウ

どうして?

空閑 綾人

……いつ、交通事故とか災害で命を落とすか解らないんだ。
……解らない“終わり”なんて、……それじゃあ君を……

柊 ユウ

空閑くんは、どうしたいの?

空閑 綾人

え?

柊 ユウ

だって、私の事ばかりじゃない

空閑 綾人

……僕は、


 いつだって彼女が、と。君が、と。柊が、と。

 わがままな自覚はある。でも、彼女を“言い訳”に使っていたのは?


 それがわかってもなお、彼女は怒りもしない。何故?

空閑 綾人

……ゴメン

柊 ユウ

……ふふふ、いいよ

空閑 綾人

……ゴメン。ゴメンな……柊……

柊 ユウ

空閑くん、

 柊の首から手を離し、顔が合わせられなくなってうつむいていると、柊に呼ばれた。

 顔をあげると、さっきよりも一歩こちらに近付いていて、息を飲む。


 初めて見た、彼女の涙に。



 そして、彼女は口を開いた。





柊 ユウ

大丈夫だよ。私、全部知ってるから


 一筋の涙が頬を伝い、潤んだ瞳が……

 どんどん色を変えていく。



空閑 綾人

……嘘だろ……?

柊 ユウ

こんなところで嘘なんか吐かないよ?

空閑 綾人

だって…………いや、柊……

 赤く染まっていく瞳。


 その赤色に目を奪われながら、いつの間にか僕の背中は屋上のフェンスに触れていた。


柊 ユウ

知ってるよ。綾人が信号無視の車に轢かれたのも、自分の家で手首を切ったのも……

空閑 綾人

…………な、

柊 ユウ

バスの事故で、死んじゃったのも


 赤い目から溢れる涙が赤く光ったと一瞬思ったが、それは夕焼けに反射したせいだった。

 涙を流しながらも、悲しそうに……彼女は笑う。


柊 ユウ

いつもいつも、綾人は勝手に死んじゃうんだもん……約束だっていっぱい、毎回毎回必ずするのに……それを破って

空閑 綾人

い、いつから……柊は、いつからこの事を……

柊 ユウ

初めっからに決まってるでしょ……


 空に亀裂が走る。

 黒い亀裂の隙間からは、紫色の光りが見えるが、その紫色は、夕焼けの色なのか……はたまた、朝焼けの色なのか……。


 それは判断出来なかった。


柊 ユウ

いつだって私の気持ちをわかってるのに……なのに綾人、死んじゃうんだもん……

空閑 綾人

……柊

柊 ユウ

今回は、今回こそは……っていつも思うのに、絶対に一緒に卒業出来ない……

空閑 綾人

……

柊 ユウ

バイバイ、って言わせてくれないんだもん


 くしゃりと笑うその顔は、やっぱり初めて見る顔だった。

空閑 綾人

柊、……僕は

柊 ユウ

もう、やだよ。ずっと一緒に……いて

 足はもう地面についていなかった。

 身体が軽く、ふわりと宙に浮き、暗くなっていく空は、



 何故か僕の足下にあった。

柊 ユウ

初めて『好き』って言ってもらえたのに……こんなシチュエーションは……ダメでしょ





 次はちゃんと、伝えてね。

空閑 綾人

……

 いつもの朝だ。

 僕の部屋だ。


 窓が少し開いていて、下から声が聞こえる。

柊 ユウ

綾人ー、遅刻するよー!

空閑 綾人

……


 今回の世界では、また。僕達はお隣さんらしい。

空閑 綾人

……、今行くよ





 セカイは閉じている。

 終わっている。




 終わっているかどうかなんて、僕達人間は気にせずに毎日を生きるだろう。









 終わりよりも、巻き戻しを望むんだから。

07.セカイの終わり

facebook twitter
pagetop