柊はフェンスに背をつけて、僕の手は彼女の首を確実に捕らえていた。
君が死んだら僕の存在は完全に無くなる。自分の命惜しさに……君が忌み役になる必要なんてないんだ
……空閑くん
柊はフェンスに背をつけて、僕の手は彼女の首を確実に捕らえていた。
屋上は普段鍵が開くことはない。
誰もここに来ないだろう。
空閑くん、それは……私を殺してから、自分も死ぬっていう事……?
違うよ。そんな事はしない。……もし僕が死ぬんだったら君より先に死にたい
じゃあどういうこと?……どうして、……存在が無くなるって……
僕は、君の“感情”から生まれた存在なんだ
柊ユウがこの世界に現れたのが先か、それとも僕が先かは解らない。
卵が先か鶏が先か。
彼女のマイナスの感情がこの世界を壊し、壊れた世界を再構築する力は涙を流された対象である僕にある。
ただの人間にそんな力があるはずはない。
彼女だけが、特別に選ばれたんだ。
僕は人間なんかじゃない。
僕は、柊ユウのマイナスの感情から生まれた“存在”でしかない。
だから君が繰り返さずに自ら死ぬ道を選べば、僕は必然的に消え失せる。
……僕を形成する成分の供給が無くなるんだからね……
……そうだった、んだ…………。じゃあ、空閑くんは……人間じゃない、ってこと?
そう。ただの存在だよ。君の付属品みたいな感じ
だから、“僕は彼女がいなければ生きていられない”のだ。
君が世界を何度も壊して、僕が何度も創り直して、やり直しても。僕は幸せだった
……そう
君も幸せだった
……
そう、僕がただ思っていただけなんだ
だから、だから僕のこの手で……。
創り手である僕の手で、セカイを……。
でも空閑くん
……
手に力、入ってないよ?
手が震える。
視界が霞む。
彼女はまっすぐ、透き通った綺麗な瞳で僕を見つめてくる。
こんなにまじまじと対面したのは、もしかしたら初めてかもしれない。
頬を何かが伝うと、彼女は眉をひそめて微笑んだ。
終わらせたかったの?
…………
何を、終わらせたかったの? 空閑くん? それとも私?
……僕は、
うん
僕は、前の世界で……君を引き留められなかったんだ
……うん
いつも、ただスイッチを押すように死ねたのに……そんな度胸はあるくせに、君に想いを伝える勇気なんて無かった……
……うん
情けなくて、でも……世界をやり直すのとは全然違ったんだ。
ただ君に、『好きだ』って言えてれば……いや、いつだって……前の世界でだってやり直しは出来たのに……
……そうだよ、きっと。私だってただの人間なんだし、失敗したってもう一度やり直せたよ
全てを吐き出して、みっともなく涙も止められないこんなに僕に、
それでも彼女は優しく笑ってくれる。
それに空閑くん
……?
私も空閑くんも死なないで、そのままっていう選択は出来なかったの?
……いや、出来ないよ
どうして?
……いつ、交通事故とか災害で命を落とすか解らないんだ。
……解らない“終わり”なんて、……それじゃあ君を……
空閑くんは、どうしたいの?
え?
だって、私の事ばかりじゃない
……僕は、
いつだって彼女が、と。君が、と。柊が、と。
わがままな自覚はある。でも、彼女を“言い訳”に使っていたのは?
それがわかってもなお、彼女は怒りもしない。何故?
……ゴメン
……ふふふ、いいよ
……ゴメン。ゴメンな……柊……
空閑くん、
柊の首から手を離し、顔が合わせられなくなってうつむいていると、柊に呼ばれた。
顔をあげると、さっきよりも一歩こちらに近付いていて、息を飲む。
初めて見た、彼女の涙に。
そして、彼女は口を開いた。
大丈夫だよ。私、全部知ってるから
一筋の涙が頬を伝い、潤んだ瞳が……
どんどん色を変えていく。
……嘘だろ……?
こんなところで嘘なんか吐かないよ?
だって…………いや、柊……
赤く染まっていく瞳。
その赤色に目を奪われながら、いつの間にか僕の背中は屋上のフェンスに触れていた。
知ってるよ。綾人が信号無視の車に轢かれたのも、自分の家で手首を切ったのも……
…………な、
バスの事故で、死んじゃったのも
赤い目から溢れる涙が赤く光ったと一瞬思ったが、それは夕焼けに反射したせいだった。
涙を流しながらも、悲しそうに……彼女は笑う。
いつもいつも、綾人は勝手に死んじゃうんだもん……約束だっていっぱい、毎回毎回必ずするのに……それを破って
い、いつから……柊は、いつからこの事を……
初めっからに決まってるでしょ……
空に亀裂が走る。
黒い亀裂の隙間からは、紫色の光りが見えるが、その紫色は、夕焼けの色なのか……はたまた、朝焼けの色なのか……。
それは判断出来なかった。
いつだって私の気持ちをわかってるのに……なのに綾人、死んじゃうんだもん……
……柊
今回は、今回こそは……っていつも思うのに、絶対に一緒に卒業出来ない……
……
バイバイ、って言わせてくれないんだもん
くしゃりと笑うその顔は、やっぱり初めて見る顔だった。
柊、……僕は
もう、やだよ。ずっと一緒に……いて
足はもう地面についていなかった。
身体が軽く、ふわりと宙に浮き、暗くなっていく空は、
何故か僕の足下にあった。
初めて『好き』って言ってもらえたのに……こんなシチュエーションは……ダメでしょ
次はちゃんと、伝えてね。
……
いつもの朝だ。
僕の部屋だ。
窓が少し開いていて、下から声が聞こえる。
綾人ー、遅刻するよー!
……
今回の世界では、また。僕達はお隣さんらしい。
……、今行くよ
セカイは閉じている。
終わっている。
終わっているかどうかなんて、僕達人間は気にせずに毎日を生きるだろう。
終わりよりも、巻き戻しを望むんだから。
…………良く分からん…。
主人公がスキっていわないまま死ぬからそのたびにやり直してたってこと??なんか可哀想…。しかもやっとスキっていってくれたと思ったら、首を絞めて殺そうとするし………
っていうかもう、何百回もやってるってスゴイね!