初めてこの世界の原理を知った時は、それこそ僕の手で彼女を消してしまおうかと……
 教室で居眠りしている彼女の首に手を掛けてみたこともあったし、

 僕が彼女に一切関わらず、彼女だけが幸せになればと考えていた時もあった。

 でもやっぱり……。

 僕は彼女を殺せないし、彼女が悲しむ時は僕が慰めたかった。



 この世界が崩壊するキーは彼女、柊ユウという少女の『悲しみ・憎しみ・後悔』と言ったマイナスの感情と『世界を不必要と判断する』という事だ。

 至ってシンプルだろう。

 だから僕の知らない場所で、彼女が死ぬほどこの世界を憎めばこの世界はあっという間に消え去ってしまう。



 しかし、ここが重要なところ。

 一度壊れたこの世界を創造する力は、実は彼女にはないのだ。

 彼女の持つ力はマイナスの感情をエネルギー変換し、世界に影響をきたす。
 それだけ。

 彼女が死ぬほど幸せな心地を味わっても、どんなに楽しいことを経験しても、それは普通のヒトと同じだけ。

 なら世界を創造している奴は誰なんだよ、といい加減痺れを切らされるかもしれないから、
 簡単にヒントだけを……。

 回りくどくてももう少し付き合って欲しい。



 ヒントは単純。前にも言った通り、

 この世界には必ず、“彼女”と“僕”が存在している。




空閑 綾人

ひ、……柊? い、今……何て……

柊 ユウ

……綾人?

空閑 綾人

!?

柊 ユウ

あのね、……そんな深刻な顔されても……例え話だからね?

空閑 綾人

……そ、そうだよね。ビックリした……


 彼女にこの世界の原理を教えてはいけないなんてルールは無いけれど、彼女の持つ力については知って欲しくなかった。

 彼女は、最後のその瞬間まで幸せでいて欲しいから。

空閑 綾人

えっと、柊がこの地球を滅ぼすキーだったら……

柊 ユウ

そう

空閑 綾人

……だったら、そうだな。誰にも話さないで、僕だけが知ってたいな

柊 ユウ

え……な、何で?

空閑 綾人

だって、もし柊がそんなに凄い力を持っているとしたら……他の人達からの攻撃とかありそうだし……


 実際にそんな世界もあったけどね。

 あの時は本当に………………、辛かった。


柊 ユウ

……そっか

空閑 綾人

うん

柊 ユウ

平和主義な綾人らしい答えだね

空閑 綾人

あれ?

柊 ユウ

じゃあ、もしこの世界がループしているとしたら?

空閑 綾人

そんなの決まってるよ

柊 ユウ

何?

空閑 綾人

絶対、柊の隣にいる

柊 ユウ

……


 そう答えると柊はうつ向いてしまった。
 そして僕もうつ向いてしまった……。

空閑 綾人

しまったーーーーーーーーーーーーーーーつい本音が……この世界じゃあ僕等恋人じゃないのに何てくさいことを……

柊 ユウ

フフフ

空閑 綾人

!?

柊 ユウ

かっこつけすぎだよ、綾人くん


 顔をあげると、得意そうな顔で笑っていた。
 よかった、冗談として受け取ってもらえたらしい……。

空閑 綾人

危なかった……

柊 ユウ

ところで、かっこつけな綾人さん

空閑 綾人

はい?

柊 ユウ

もし、私があのエースくんとお付き合いをしようか迷ってる。って相談したら……止めてくれる?


 今度は真剣な顔でそう、彼女は僕に問いかけた。

 が、僕はそれどころじゃなかった。


空閑 綾人

何なんだ……? 何で、今日は……。こんなこと言うなんて……


 今までにない展開に脳があと半歩追い付かない。

 どうしたんだ? スタートはいつもと一緒だった。


 いつもの様に自分のベッドで目覚めて、前の世界をまるで夢のようだと感じて……。

柊 ユウ

綾人?

空閑 綾人

っ!?


 柊の声で我に返ると、心配そうな顔がすぐ目の前にあった。
 そんな悲しそうな顔は見たくない……。

空閑 綾人

アイツと……付き合う…………なら、

柊 ユウ

うん


 付き合って欲しい訳がない、そんなの絶対止めるに決まってる。

 だって、明日には僕がまた死んで世界を壊すんだから……。



 でも……

空閑 綾人

でも。もし……、ここで柊とアイツが付き合うことになったら……“そっちの結末”の方が、もしかしたら……


 僕といるより幸せに……

 初めての展開に、僕の頭は浮かされていたのかもしれない。
 何を思い誤ったんだろう? 僕は、僕の手で彼女を幸せにすると誓っていたのに。


 この世界でだって、また彼女はこんな僕に好意を持ってくれていたというのに。

 世界の崩壊は期日が決まっているわけじゃない。
 ただ、ベストのタイミングで壊さないと、やり直しが効かなくなる事があるんだ。

 その勤めの適任は僕だと思っていたし。失敗だって一度もしたことがない。
 いつだって彼女は僕のために涙を流してくれ、悲しんでくれ、僕がいない世界なんて……と思ってくれていたんだ。


 それでも。
 そんな僕は、どこかに置いてきてしまったらしい。








 僕はそのまま帰宅して、明日の学校の準備をして、一人で登校した。



 翌朝の学校で僕を待っていたのは、サッカー部のエースくんと柊が付き合うことになったという騒ぎ。

 取り繕うのは大得意だ。

 僕はいつだって、彼女の心の中が解っている。

 今でも想ってくれていることを。



 だから、僕は何食わぬ顔をして彼女の横を、挨拶しながら通りすぎた。


 僕の心の中を知るはずもない彼女は、眉を潜めて下手くそに笑っていた。


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