僕の知りうる真実の内の1つを明かすなら、僕と彼女。
 空閑綾人(くが あやと)と柊(ひいらぎ)ユウの存在している“セカイ”は決してゲームなんかの世界ではない。

 正真正銘、現実の世界だ。

 今は、コレだけしか明かせない。









柊 ユウ

こんにちはー……

空閑 綾人

柊?

柊 ユウ

あ、起きてたの?綾人


 彼女は学校からそのまま直接来たのだろうか。制服のまま、僕の家へやって来た。

 僕も今朝までは体調が良かったから学校へ行こうと思っていたものの、家を出た直後にやはり諦めるしかなくなってしまったのだ。

 生まれつき弱いこの身体が、未だに憎くて仕方がない。

柊 ユウ

せっかく退院出来たのに……学校に行けないなんてね……

空閑 綾人

僕の気持ちが弱いからなんじゃないかなぁ……ハハハハ

柊 ユウ

笑ってる場合じゃないでしょ!あとちょっとしか学校に行けないっていうのに……

空閑 綾人

柊がそう思ってくれてるだけで嬉しいよ

柊 ユウ

……

空閑 綾人

ところで、結局志望大学には受かったんだよね?……おめでとう

柊 ユウ

……


 幼稚園の頃から幼馴染みである僕と彼女はずっと同じ中学、高校と進路を共にしてきた。

 それでも、病弱な人間が学舎に行ける回数なんてたかが知れてるし……ついこないだやっと退院出来たと思っても、やはり自宅療養に大半をとられてしまう。

 まぁ、“退院”という言葉はただの便宜なんだけども。

柊 ユウ

綾人……

空閑 綾人

うん?

柊 ユウ

綾人は……、どうするの?これから……

空閑 綾人

……うーん、学校に行くのは難しいし……ホントはきちんと四大出たかったんだけど……すぐにはやっぱり難しいかな

柊 ユウ

……

空閑 綾人

ただでさえ、柊とも頭の差が出てるんだし、ゆっくり勉強してから考えようと思ってるよ

柊 ユウ

あのね、綾人

空閑 綾人

柊 ユウ

大学生って、休みが凄くあるんだよ

空閑 綾人

……知ってるけど?

柊 ユウ

……今度、5月にでも、その……どこか一緒に……

空閑 綾人

え……

柊 ユウ

だって、何年振りの外なんだっけ?綾人遊ばなさすぎだから!……ね?


 柊のその言葉と心遣いは、十分僕の心に響いた。
 だから、……だ。

 だからこそ、“またか”と思ってしまう。

空閑 綾人

……ありがとう、柊

柊 ユウ

空閑 綾人

そうだね、じゃあどこか連れてってよ。プランとかは任せていいかな?僕、外の事知らないし

柊 ユウ

……うん!任せて!


 また気を使わせてしまっている。もうこれで何年目だろうか。
 僕は一体……

 彼女の時間を、一体どれだけ奪ってしまっているのだろうか?

柊 ユウ

あ、でもその前に卒業式!絶対来てね!ううん、絶対連れていくから

空閑 綾人

うん。わかってるよ


 日はもう落ちてしまっていて、部屋にオレンジの色が満ちていく。
 彼女の綺麗な髪にオレンジの光が反射して、いつも以上に綺麗に思えた。

空閑 綾人

これでもう満足だ……

柊 ユウ

? どうかした?

空閑 綾人

ううん。それより、そろそろ帰りなよ。時間

柊 ユウ

あっ……


 時計を見て慌てて立ち去る柊に笑いかけて、彼女がこの家を出たのをこの目で確認してからあまり力の入らない足で立ち上がった。

空閑 綾人

この前は高校2年までしか一緒にいられなかったけど……、今回は高校3年までか……


 たった1年、されど1年。

 こんな僕には勿体無い18年間だった。
 悔いは無い。

 そして今こそが、最高のタイミングだ。

空閑 綾人

……ありがとう、柊


 筆立てに立ててあったカッターを手に、夕飯の買い出しに出ていった母を確認してから風呂場へ向かった。
 ベターな手だが、コレが一番だろう。

 風呂場の小窓から差し込む赤い陽と、僕の手首から流れ出る赤い色とが水の中で混ざり合う。

 “あの時”の彼女の瞳と同じ色をしているな、なんて呑気に思いながら、

 深いまどろみへと僕は沈んで行った。





 僕が発見されたのは母が帰宅してからだ。

 病弱な身体が多量の出血に耐えられるはずもなく、僕はいとも簡単に長い眠りについてしまう。


 自殺の動機は明確で、僕は余命3ヶ月と宣告されていたのだ。

 それを待つ事はあまり意味が無いし、何より……


 僕が永らえれば、彼女の苦しみはもっと長引く。





 僕はそれが耐えられない。

柊 ユウ

綾人……! 綾人!!


 騒ぎを聞き付けて僕の家までやって来た柊は、止める母を振り払って僕の身体にすがり付いた。

 彼女の温かさをもっても、僕はもう冷たいまま。

柊 ユウ

嫌だ……やだよ……さっき約束したばっかりじゃない……なんで……


 彼女が言えばさながらドラマだ。
 彼女が主演のドラマなら視聴率はうなぎ登りになるだろう。

 いいな、そんな彼女も見てみたかった。

柊 ユウ

綾人が……綾人がいない世界なんて……


 頬を伝う大粒の涙は、僕を生き返らせてはくれない。

 その代わりに。
 彼女の大きく綺麗な瞳が、どんどん赤くなっていき、不気味な光と模様が頬に浮かび上がる。

柊 ユウ

綾人がいない世界なんて、私は要らない……!

 ありがとう。僕のためにそんな言葉を。


 いつも言ってくれて。








 音を立てて、世界の崩壊は始まった。

 大陸は裂かれ、海は荒れ、引力がめちゃくちゃになる。


 彼女、柊がこの世界を望まなければ、こんな世界はいとも簡単に壊れてしまうのだ。


 ほら、周りを見渡せばもう。

 駆けつけた救急隊員や僕の母だって、既に事切れてそこに転がっている。
 糸の切れた人形の様に。

柊 ユウ

綾人……あやとぉ……



 そう。つまりは、そういうことだ。



 そういう“セカイ”なんだ。

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