―タニリタ城下―
―タニリタ城下―
宿から出たソートク一行を迎えたのは強い光を放つ日差しと馬の嘶きだった。
ただ一匹の馬がいるわけではない。
その馬に繋がるのは、漆黒の車輪を番えた、木製の巨大な馬車だった。
汚れの無い真っ白な布に覆われた荷台は大樹を用いただけはあり、逞しさの中に気品がある。
見るだけで、冒険心が滾るような馬車であった。
おお!
こいつはなかなか……
さすが『深緑の大地』の大樹ですねぇ
これを半日で作り上げるとは……
なんとしても勇者殿御一行の出立に間に合うようにと王のご配慮がございまして
また休業故、燻っていた職人たちの職人魂に火が付いたようです。
冒険用のキャラバンということでしたので、定石通りの大きさに仕上げてあります
座して入れば四人が座れて――
二人で入ればゆったり眠れる大きさですねぇ
このソートクには過ぎたる程に立派な馬車だな
こりゃあいい貰いもんだぜ
幌の布も、車輪も、隅々まで上質ですねぇ。
これは自慢できますよぉ〜
自慢……?
勇者の質を高めるのは、何も武器や防具ばかりじゃねぇってことだ。
見る人間はどんな馬車を使っているかも見るんだぜ
ま、最近では「若者の馬車離れ」なんて言われてもいるが……
「馬車シェアリング」なんてシステムもありますからねぇ
だが、長期的に見れば、旅に馬車は必要不可欠だぜ
なるほどな
ま、お前さんは外聞なんて気にしないだろうがな
然り、だ
馬まで手配して頂けるとは……よろしいのですか?
もちろんでございます
ようし、荷物積み込むか!
ですねぇ
手斧以外の武器、馬車ン中でいいか?
お好きにしてください〜
パッフもランスこっちに入れとけ。とりあえず剣持ってればいいだろ
いえ、この槍は我が誇りです。
あららぁ。
背中に立て掛けてたせいで、宿の扉に引っかかって転倒したのはどなたですかぁ?
な、何故それを!?
おかげで準備も順調だ
感謝する。王にもよろしく言っておいてくれ
はっ
それと姫にもよろしくと
そ、それが……
どうせなら直接仰ってくださいな
な――
ん、どしたソートク――
おー姫さんじゃねぇか
あららぁ
ひ、姫!!
これから、国民に元気な顔を見せるのですけれど……
宿に行けば、まだ間に合うかと思いまして
ま、まさか姫――
俺の旅に同行したいと――
いえ、それは出来ぬと申した筈です……
じ、実にご英断の早きこと……
って、一度誘ったんですか!?
誘ったのか
誘ったんですねぇ
私はこの国の姫……。
今でこそ、父上の世継ぎは生まれませんが、いずれ立派な王子が生まれてきます
それまでは、この国を象徴する姫としてあり続けたいのです。
「タニリタ国に毅然たる皇女あり」
そう思われるように――
そして、それこそが亡くなった兵たちが夢見た私の姿だと思います。
ですよね、剣闘士様?
ああ
上出来だぜ……
美少女が、事件を経て強くなった瞬間だな。
その成長の一部始終を見られただけでも、我が胸は誇りに満ちるというもの……
勇者様……
どうされた?
勇者様が昨日、我が父タニリタ王とした約束事――
父は、断固たる思いで護り通すと言っておりました
それは良かったです
皇女として、いつか他国に嫁ぎ、人並みの恋愛は望めぬと思っていた身に、勇者様は希望を与えてくださいました……
私が勇者様の旅に加わることは出来ません
ですが――
魔王を討ち滅ぼし、世界を平和にした暁には、いの一番にタニリタ城へ戻ってきてくださいまし――
お!!
これはぁ
何ですと!?
これはまるで……愛の告白みたいではないですかぁ!!
うむ。覚えておきましょう
あーこれぇ、ソートクさん気付いてないですねぇ
ふふっ。
絶対ですよ
姫様も気付いてない……
いや、ソートクが気付いていないことに気付いて敢えてこの反応か!
魔法使い様も、ぜひ来てくださいね。
今度は正式なメイドとして
はいですよぉ、皇女殿下ぁ〜
天空騎士様も。
助けられたメイドや女性たち、兵士たちが、貴女をモデルにした英雄譚を描くそうです
あ、あくまで無駄な脚色は無しにしてくださいとお伝え下さいっ
『ミルク飲みの下戸騎士』→『タニリタの天空騎士』
ランクアップしたなぁパッフ
お黙り下さい!!
そろそろ出るぞ
よっし、ソートク馬頼んだ
姫様も。
国王が心配されてしまいます
はい……
皆さま、どうか御達者で!!
姫こそ!
じゃあな、姫さん!!
さよならですぅ、皇女殿下ぁ〜
いつかまたお会いしましょう!!
ソートクが手綱を握り、馬を歩かせる。
美少女三人を載せたキャラバンが動き出し、曲がり角で見えなくなるまで、それを見続けるひとりの姫がいた。
まだ、少女と呼べる年齢だが、姫は強い心で待つ。
姫である自分を誘った常識外れの勇者が。
皇女を一人の女性と見たおかしな勇者が。
世に平和をもたらし、帰ってくるその日まで――。
―タニリタ城下―
あの皇女殿下ぁ、ソートクさんに惚れてましたねぇ
強くあれと諭したのはヴァルキリーだ
惚れるなら、俺でなくヴァルキリーにだと思ったがな……
いえいえ〜
女性というのはぁ、抱きかかえられた相手の頼もしさを忘れられないんですよぉ
それにぃ、パッフさんから聞きましたけど〜、格好いいこと言ったみたいじゃないですかぁ
ねぇ、パッフさん〜
まぁ、皇女殿下を政治の道具にするなと王に訴えた時は、姫も驚いていましたからね
美少女ハーレムを作りたいと明言していれば、そんなこともありませんがね
果たしてそうでしょうかねぇ
ソートクさん、多方面に格好いいですからねぇ
そうだといいのだがな……
そうであれば、もっと美少女ハーレムへの道が進むというものだ
結局この国では美少女を新たに手に入れることは出来なかったのだしな
馬車で満足してください!
次の街では、美少女を仲間にしたいものだ
……
どうした、ヴァルキリー?
んぁ?
すまん、ボーっとしてたわ
どうしたんですかぁ?
いや、この外壁……この場所か。
ここがちょっとな
我らが最初に助力した防衛戦の場所ですね……
アイツと会ったのもここだな、って思ってよ
案内係の兵士か……
……
……
せめて死体だけでも見つかって欲しかったなって……
おっと危ない!!
すみません!!
通ります!!
一体どうしたというのです?
ああ、天空騎士様!
申し訳ありません、盗賊団のアジト近辺を調査していたところ負傷兵を見つけたもので!
ぐぁ……。血が……
兵士長の野郎……、いきなり斬りかかってきやがって
太腿の傷が開いちまったじゃねぇか……
……
……
……
……
な、なんだ?見えねぇけど、旅の方か?
後生だ……。
か、彼女に……愛していると、伝えてくれ……
……
……
自分で言え!!
――……