―タニリタ城下―

宿から出たソートク一行を迎えたのは強い光を放つ日差しと馬の嘶きだった。

ただ一匹の馬がいるわけではない。

その馬に繋がるのは、漆黒の車輪を番えた、木製の巨大な馬車だった。

汚れの無い真っ白な布に覆われた荷台は大樹を用いただけはあり、逞しさの中に気品がある。

見るだけで、冒険心が滾るような馬車であった。

ソートク

おお!

ゼリィ

こいつはなかなか……

シュー

さすが『深緑の大地』の大樹ですねぇ

パッフ

これを半日で作り上げるとは……

国王軍・兵士

なんとしても勇者殿御一行の出立に間に合うようにと王のご配慮がございまして

国王軍・兵士

また休業故、燻っていた職人たちの職人魂に火が付いたようです。

国王軍・兵士

冒険用のキャラバンということでしたので、定石通りの大きさに仕上げてあります

ゼリィ

座して入れば四人が座れて――

シュー

二人で入ればゆったり眠れる大きさですねぇ

ソートク

このソートクには過ぎたる程に立派な馬車だな

ゼリィ

こりゃあいい貰いもんだぜ

シュー

幌の布も、車輪も、隅々まで上質ですねぇ。

シュー

これは自慢できますよぉ〜

ソートク

自慢……?

ゼリィ

勇者の質を高めるのは、何も武器や防具ばかりじゃねぇってことだ。
見る人間はどんな馬車を使っているかも見るんだぜ

ゼリィ

ま、最近では「若者の馬車離れ」なんて言われてもいるが……

シュー

「馬車シェアリング」なんてシステムもありますからねぇ

ゼリィ

だが、長期的に見れば、旅に馬車は必要不可欠だぜ

ソートク

なるほどな

ゼリィ

ま、お前さんは外聞なんて気にしないだろうがな

ソートク

然り、だ

パッフ

馬まで手配して頂けるとは……よろしいのですか?

国王軍・兵士

もちろんでございます

ゼリィ

ようし、荷物積み込むか!

シュー

ですねぇ

ゼリィ

手斧以外の武器、馬車ン中でいいか?

シュー

お好きにしてください〜

ゼリィ

パッフもランスこっちに入れとけ。とりあえず剣持ってればいいだろ

パッフ

いえ、この槍は我が誇りです。

シュー

あららぁ。
背中に立て掛けてたせいで、宿の扉に引っかかって転倒したのはどなたですかぁ?

パッフ

な、何故それを!?

ソートク

おかげで準備も順調だ

ソートク

感謝する。王にもよろしく言っておいてくれ

国王軍・兵士

はっ

ソートク

それと姫にもよろしくと

国王軍・兵士

そ、それが……

どうせなら直接仰ってくださいな

ソートク

な――

ゼリィ

ん、どしたソートク――

ゼリィ

おー姫さんじゃねぇか

シュー

あららぁ

パッフ

ひ、姫!!

これから、国民に元気な顔を見せるのですけれど……

宿に行けば、まだ間に合うかと思いまして

ソートク

ま、まさか姫――

ソートク

俺の旅に同行したいと――

いえ、それは出来ぬと申した筈です……

ソートク

じ、実にご英断の早きこと……

パッフ

って、一度誘ったんですか!?

ゼリィ

誘ったのか

シュー

誘ったんですねぇ

私はこの国の姫……。
今でこそ、父上の世継ぎは生まれませんが、いずれ立派な王子が生まれてきます

それまでは、この国を象徴する姫としてあり続けたいのです。

「タニリタ国に毅然たる皇女あり」

そう思われるように――

そして、それこそが亡くなった兵たちが夢見た私の姿だと思います。

ですよね、剣闘士様?

ゼリィ

ああ

ゼリィ

上出来だぜ……

ソートク

美少女が、事件を経て強くなった瞬間だな。

ソートク

その成長の一部始終を見られただけでも、我が胸は誇りに満ちるというもの……

勇者様……

ソートク

どうされた?

勇者様が昨日、我が父タニリタ王とした約束事――

父は、断固たる思いで護り通すと言っておりました

ソートク

それは良かったです

皇女として、いつか他国に嫁ぎ、人並みの恋愛は望めぬと思っていた身に、勇者様は希望を与えてくださいました……

私が勇者様の旅に加わることは出来ません

ですが――

魔王を討ち滅ぼし、世界を平和にした暁には、いの一番にタニリタ城へ戻ってきてくださいまし――

ゼリィ

お!!

シュー

これはぁ

パッフ

何ですと!?

パッフ

これはまるで……愛の告白みたいではないですかぁ!!

ソートク

うむ。覚えておきましょう

シュー

あーこれぇ、ソートクさん気付いてないですねぇ

ふふっ。
絶対ですよ

ゼリィ

姫様も気付いてない……

ゼリィ

いや、ソートクが気付いていないことに気付いて敢えてこの反応か!

魔法使い様も、ぜひ来てくださいね。
今度は正式なメイドとして

シュー

はいですよぉ、皇女殿下ぁ〜

天空騎士様も。
助けられたメイドや女性たち、兵士たちが、貴女をモデルにした英雄譚を描くそうです

パッフ

あ、あくまで無駄な脚色は無しにしてくださいとお伝え下さいっ

シュー

『ミルク飲みの下戸騎士』→『タニリタの天空騎士』

ゼリィ

ランクアップしたなぁパッフ

パッフ

お黙り下さい!!

ソートク

そろそろ出るぞ

ゼリィ

よっし、ソートク馬頼んだ

国王軍・兵士

姫様も。
国王が心配されてしまいます

はい……

皆さま、どうか御達者で!!

ソートク

姫こそ!

ゼリィ

じゃあな、姫さん!!

シュー

さよならですぅ、皇女殿下ぁ〜

パッフ

いつかまたお会いしましょう!!

ソートクが手綱を握り、馬を歩かせる。

美少女三人を載せたキャラバンが動き出し、曲がり角で見えなくなるまで、それを見続けるひとりの姫がいた。

まだ、少女と呼べる年齢だが、姫は強い心で待つ。

姫である自分を誘った常識外れの勇者が。

皇女を一人の女性と見たおかしな勇者が。

世に平和をもたらし、帰ってくるその日まで――。
















―タニリタ城下―

シュー

あの皇女殿下ぁ、ソートクさんに惚れてましたねぇ

ソートク

強くあれと諭したのはヴァルキリーだ

ソートク

惚れるなら、俺でなくヴァルキリーにだと思ったがな……

シュー

いえいえ〜

シュー

女性というのはぁ、抱きかかえられた相手の頼もしさを忘れられないんですよぉ

シュー

それにぃ、パッフさんから聞きましたけど〜、格好いいこと言ったみたいじゃないですかぁ

シュー

ねぇ、パッフさん〜

パッフ

まぁ、皇女殿下を政治の道具にするなと王に訴えた時は、姫も驚いていましたからね

パッフ

美少女ハーレムを作りたいと明言していれば、そんなこともありませんがね

シュー

果たしてそうでしょうかねぇ

シュー

ソートクさん、多方面に格好いいですからねぇ

ソートク

そうだといいのだがな……

ソートク

そうであれば、もっと美少女ハーレムへの道が進むというものだ

ソートク

結局この国では美少女を新たに手に入れることは出来なかったのだしな

パッフ

馬車で満足してください!

ソートク

次の街では、美少女を仲間にしたいものだ

ゼリィ

……

ソートク

どうした、ヴァルキリー?

ゼリィ

んぁ?
すまん、ボーっとしてたわ

シュー

どうしたんですかぁ?

ゼリィ

いや、この外壁……この場所か。
ここがちょっとな

パッフ

我らが最初に助力した防衛戦の場所ですね……

ゼリィ

アイツと会ったのもここだな、って思ってよ

ソートク

案内係の兵士か……

パッフ

……

シュー

……

ゼリィ

せめて死体だけでも見つかって欲しかったなって……

ソートク

おっと危ない!!

国王軍・兵士

すみません!!
通ります!!

パッフ

一体どうしたというのです?

国王軍・兵士

ああ、天空騎士様!
申し訳ありません、盗賊団のアジト近辺を調査していたところ負傷兵を見つけたもので!

国王軍・兵士

ぐぁ……。血が……

国王軍・兵士

兵士長の野郎……、いきなり斬りかかってきやがって

国王軍・兵士

太腿の傷が開いちまったじゃねぇか……

シュー

……

パッフ

……

ソートク

……

ゼリィ

……

国王軍・兵士

な、なんだ?見えねぇけど、旅の方か?

国王軍・兵士

後生だ……。
か、彼女に……愛していると、伝えてくれ……

ゼリィ

……

ゼリィ

……

ゼリィ

自分で言え!!

――……

30、 勇者一行 笑顔でタニリタを去る

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