―タニリタ―

その日、朝日が昇ると共に。

城下町で一番の大きさを誇る広場でタニリタ城からある報告が告げられた。

国王軍・兵士

皇女殿下、無事奪還!盗賊団壊滅!

その報告はまたたく間に民衆を沸かせ、希望に満たせた。


タニリタ城に、ひと目でいいから姫の無事な姿を見ようと民衆が集まりひしめき合っていた。

盗賊団に拉致されていた姫の心労を考えれば、まずは休息を与えるのが当然であり、人前に出るべきではない。

むしろ、姫の寝室まで聞こえる歓声は、安らかな睡眠を妨げている可能性だってある。

タニリタ城の兵士は群がってしまった民衆を散らさなければならない。

しかし、姫を想って集まった兵を邪見に扱うわけにはいかない、という王の命令に従い、民衆を散らすことはできなかった。

民を第一に考えるタニリタ国王の性格がここに現れているのかもしれない。


タニリタ城に人が集まる理由はそれだけではない。

姫を救った英雄が、城内に招かれているのだ。

しかもそれが勇者であるという。

タニリタは勇者を歓迎している。

国民も勇者に憧れを持っている。

そんな勇者が盗賊団を滅ぼし、姫を助け出したのだから、民の興奮が収まるはずもなかった。


こうして、タニリタ城周辺には、国民の九割近くの数が集まってしまったのである。

ゼリィ

ま、そのおかげでオレたちはゆっくりできるんだけどな

シュー

ですねぇ。
勇者様御一行万歳!とかぁ、柄じゃないですしぃ〜

ゼリィ

あの二人にはたっぷりの喝采譲ってる分、こっちはグダってようか……

シュー

いいですねぇ、至高の時間ですよぉ

シュー

あ、あと今日の夜〜、酒場予約しておきましたので〜

ゼリィ

お、でかした!
城の飯は酒の肴になんねぇからな

シュー

ソートクさんたちも呼びますぅ?

ゼリィ

そりゃあ、城から解放されたら呼ぶぜ?

ゼリィ

でも、酒場の看板娘より、城のメイド取るだろ、あの勇者さんはよ

シュー

それもそうですねぇ……

ゼリィ

しかし……ホントにその石が魔物を呼び寄せるとはな……

シュー

実際に、見られませんでしたからねぇ……

ゼリィ

一応兵士長の血をかけたんだけどなぁ、手順通り……

シュー

うんともすんとも〜でしたねぇ

シュー

兵士長自身もぉ、何で出ないのか分かってなかったみたいですしぃ

ゼリィ

やっぱ血が足りなかったんじゃね?

シュー

アレだけ鼻血出させといてよく言いますよぉ

ゼリィ

てことは、やっぱ魔界側でストップさせたのか?

シュー

でしょうかねぇ……?

シュー

『木馬の商人』とやらをぉ、捕まえなければなりませんねぇ

ゼリィ

『木馬の商人』?
何だっけそれ?

シュー

……

シュー

ほんとにシューと一緒だと何にも覚えないんですからぁ……

ゼリィ

まあまあ

シュー

兵士長が『口笛石』を買った相手ですよぉ

シュー

仰々しい魔法の木馬に乗った〜、黒いフードの商人ですよぉ

ゼリィ

謎めいた野郎だぜ。そいつが元凶かも知んねぇな

シュー

まだ『深緑の大地』にいるかもですからぁ、探さなければなりません〜

ゼリィ

なるほどな

ゼリィ

んじゃ、ソートクの目指す先々でその『木馬の商人』を探すか……

シュー

そんな感じになりますねぇ

ゼリィ

出発は早い方がいいな。明日にも出るか。ソートクも今日の夜には帰ってくるだろ

シュー

ですねぇ
















―タニリタ国・玉座の間―

本当に褒美はいらんと申すか?

ソートク

いやだから俺は、メイドを何人か――

パッフ

滅!

む?今、殴打音が……?

パッフ

お気になさらず、ええ、お気になさらず

そうか

ソートク

そうか?

パッフ

勇者ソートクは、その所業を商いにするものに非ず。成すべきことを成したまで

パッフ

手柄の見立ては不要でございます

お主たちを主賓とした、国を上げての宴も断りおる……

パッフ

今宵の宴だけで我らは、一生分の贅を味わった思いです

ソートク

少し豪華すぎて、胃がもたれ気味だがな。

ソートク

踊り子の一人もいなかったのが何よりの不服だ

しかしだな……

私からも何かしらの礼をしたいのでございます

パッフ

……

ソートク

パッフ、あまりに拒むのも失礼ではないか?(ヒソ)

パッフ

確かに……(ヒソ)

パッフ

「タニリタ国は国の一大事を助けた勇者に礼の一つも寄越さなかった」と言われかねませんね。(ヒソ)

パッフ

ですが、御身の要求は却下させていただきます!(ヒソ)

ソートク

何故だっ、メイドだぞ?
美少女が尽くしてくれる!
そこに男の本懐がある!(ヒソ)

パッフ

――

ソートク

……

ソートク

仕方ない……

ソートク

ならば、タニリタ王。
一つ、ご下賜頂きたいものがございます

おお!何なりと申してみよ

ソートク

馬車を一つ用意してほしいのです

馬車……。そんなもので良いのか?

ソートク

国王からすればたかが馬車。
しかし、我らにとってはされど馬車にございます

うぅむ、勇者が望むものなら、用意はするが……

パッフ

そも、我らがここに来た所以は、馬車を購入しようと思ったことに始まります

なんと!
そんな経緯があったのか

よしわかった!
樹齢500を越す大樹を用いて、決して壊れぬ馬車を作らせよう!

我が国が誇る職人たちに夜通しで作らせるぞ!
今まで休業していた分、腕を振るわせよう

パッフ

『深緑の大地』の大樹は最高峰の素材。これに勝る褒美はありません

そうであろう、そうであろう。
明日の朝にでも宿に置かせよう

ソートク

ありがとうございます

ソートク

それでは我らはこれで

やはり、もう出立するのか?

食客として、三代まで養うつもりであるのに……

ソートク

勇者は一つの場所にとどまることを良しとしません

ソートク

それに次の美少女が呼んで――

パッフ

滅!

パッフ

それでは失礼いたします

ソートク

王よ、あと一つだけ約束されよ

うむ?

ソートク

姫を……

私……?

ソートク

皇女殿下を、他国との政略結婚の道具として使うことだけはご容赦いただきますように

……

……勇者様

パッフ

……

よし、しかと聞き届けた。
姫が好意を寄せた男性以外には嫁がせないことにする!

ソートク

ありがたき幸せ。その確約が、此度の再興の報酬でございます

ソートク

それでは失礼いたします

行ってしまったな……

ええ……

どうした?

いえ……

もう少し食い下がって引き留めても良かったのにと、我が父の押しの弱さを嘆いていただけです

タニリタの姫が、悲しみとも喜びとも見える笑みを赤き絨毯にこぼす。

それと同じくしてソートクとパッフは城から出た。

そのころには、群がる民衆もいない。王が明日、姫を連れて大広場に姿を見せると発表したからであろう。

だからソートクは、あっさりと宿に辿り着いた。

















―タニリタ城下・宿―

ソートク

贅沢な食事ではあったが、胃の負担も大きいな……

パッフ

あれだけ食べれば、胃ももたれます

ソートク

メイドが次々と、提供してくるからな。
断るわけにもいかんだろう

パッフ

おかわりは断ってもいいのでは?

ソートク

というか、ヴァルキリーとシューはどこに行った?

パッフ

そう言えば姿が見えませんね

パッフ

あ、勇者殿、これを

ソートク

羊皮紙……置手紙か

パッフ

ええ。ゼリィ殿からです

ゼリィ

呑み!
朝までには帰る!
来たるもの拒まず!

ソートク

……

パッフ

……

ソートク

店の名と場所は……?

パッフ

書いてませんね……

ソートク

まぁ、店が再開しているということはいいことだ。

パッフ

そうですね……

ソートク

これで、タニリタの国に安寧が訪れればいいのだが……

パッフ

アジトは全壊。兵士長は獄へ。

パッフ

ソーリヨイの街にも、駐屯兵が送られます。
これで脅威は取り除かれたかと。

ソートク

そうであってほしいな

ソートク

だが、問題も生まれた……

パッフ

『口笛石』ですね……

ソートク

ああ。
それに関しては、ヴァルキリーとシューから話を聞かなければな

パッフ

兵士長も気掛かりですね……

ソートク

獄を抱いている筈だ。もう悪さは出来まい

パッフ

いえ、そういうわけではなく……

パッフ

目的のために魔物と手を組む――。
そういう人間がいるということが、気掛かりなのです

パッフ

国の平和に近づいたというのに、世界の安寧への長さを知った……そんな気がしてなりません

ソートク

……

ソートク

気持ちはわかる

ソートク

だが――

パッフ

ソートク

姫殿下は最後に笑っておられた――

ソートク

それは、胸を張れることとして十分だ

パッフ

……

ソートク

美少女が笑顔になれた――

ソートク

それだけで第一歩だ

パッフ

……

パッフ
パッフ
パッフ

そうですね

そして二人は眠りについた。

明日からはまた、旅が始まる。

王が用意するという馬車に期待を寄せつつ、ベッドへと潜り込む。

夜になったというのに城下町は喧騒に溢れていた。


しかし、二人は気にしない。

なぜならそれは、訪れた平和を喜ぶ歓喜の声だったからだ。

ゼリィ

たっだいま!!
ヤッベ超飲み過ぎてハイテンション!!
でもオレは吐かない、酒には割と強いから!!
酔ってるだけ!!そんでいつも以上にうるさいだけ!!
ってパッフ寝てんじぇねぇぞフィー!!

「フィー!!」の部分でベッドにダイブされたパッフは、さすがに「うるさい!!」と真剣に怒りながら起きた

――……

29、 ソートク 姫の笑顔に足るを知る

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