軛《くびき》












公園のベンチで1人、本を読んでいる青年。


髪型は無造作で、制服を着ている。


きっと、この公園の近くの高校の生徒だと思う。








それが、私の初恋の人。








彼は学校が終わると


いつもこの公園のベンチで本を読む。





私は彼と話をしたことがない。


知り合いというわけでもない。
















彼との出会いは3ヶ月前。



あの時も、この公園のベンチだった。










その頃の私はまだ新入生。




何を思ったか、


やった事もない演劇部に


勧誘されて入部してしまった。




もちろんお芝居の事は何も知らない。



でも、周りはみんな経験者。







少しでもみんなに追いつこうと


放課後いつも公園で


1人お芝居の稽古をしていた。












孤独だった。









なかなかうまく行かず、苛立つ日もあった。


自分には全く才能が無い、と塞ぎこんでいた。




そう、あの日も。


…もう、ダメ…



課題として出されていた


パントマイムがうまくいかなくて


私は挫けて泣きだしてしまった。








その時、彼が声をかけてくれた。






…がんばれ…!

え…




いつも1人で演劇の稽古をしている私に


こんな事を言ってくれたのは彼だけだった。







あの時、


私の世界の何かが


始まったような気がした。





















それからというもの


私は彼に見て欲しくて


彼に伝えたくて


誠意一杯演技するようになった。













そう、私のたった1人だけの観客。


だけど、一番大切な観客。









おぉ…ロミオ…
どうしてあなたはロミオなの?





私の演技を見た彼は


たまに感心したような表情を見せる。



へぇ…







そして、時には彼への気持ちも


織り交ぜながら演技をする。





…わたし…とても嬉しかった。
あなたが…好き…!

…!



それを見た彼は少しどぎまぎして赤面する。


私も恥ずかしくなって後から赤面する。









彼へ伝えたい気持ちは山程ある。


でも、私ができるのは


こうやって演技で表現することだけ…。










私…彼と話がしたい…













そうして時が流れた今。


私も演劇部で認められるようになった。








たまに来てくれるOB・OGの人も


私の演技を気にってくれたらしく


非常に良くしてくれる。







それもこれも、みんな彼のおかげ。


彼に感謝の言葉を伝えたい。


















今日こそ、


彼に気持ちを伝えよう。

















そう、勇気を出して…






…あ…あの

おーい!

ん?




その時、公園で本を読む彼に


遠くから1人の女子が声をかけてきた。



…あ。

ゆーた!

お、紗希!






2人は親しげに話を始めた。


しばらくして…







じゃ、行こうか。

うん!

…そう
また、オシマイなのね…?




















そして、彼は本を閉じた。


















ゆーた「今読んでる本の主人公がさ、渚って名前なんだけどさ、ものすごい努力で天才的な演技をしていくようになってさ、舞台の世界をのし上がっていくんだぜ!」


紗希「ふぅん」


ゆーた「なんだよー、つまらなそうだな」


紗希「だって、ゆーた、デートの時いつも本の話ばっかりなんだもん。本に嫉妬しちゃう…。」


ゆーた「…あ…ごめんごめん…。」










光のない世界の中で


2人の楽しそうな声を身近で聞かされる。




拒むこともできない。


身を引き裂かれるようなこの気持ち。




おねがい、ゆーた。


私だけを見て…。








どうしたら…この想い…伝えられるの…?









あの女からゆーたを奪い返したい…!

































店員「……はい、3冊のご売却でお客様のお受取り金額は60円になります。」


店員「毎度、ありがとうございました!」






































あれから私はずっと光を失ったまま。


もちろん、演技もできない。
















ねぇ、ゆーた。


次に私を見てくれるのは


いつなの?



















《終》

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