とめ蔵は、お絹を連れて夕暮れの森を歩いていた。
とめ蔵は、お絹を連れて夕暮れの森を歩いていた。
へー。森って、道があるのねぇ
ええ、まあ。
とめ蔵はあまりにも無知なお絹の言動に、少々戸惑っていた。変な人だな、といぶかりながらも、先を急ぐ。
もうすぐ、日が暮れる。
闇に紛れて、人ならざる者が活動を始める前に、とめ蔵は一刻も早く帰りたかった。
お絹は、森を歩き慣れたとめ蔵よりもずっと、歩みが遅かった。
森の中をキョロキョロと見ながら、
ねえ、あの実は何?
とか、
まあ、こんなところにキノコがあるわ!!
などと、急ぐとめ蔵の服の裾を掴んでは聞いてくるので、
あれはククの実です。まだ青いですけど。
とか、
それは毒キノコです!
食べられません。
と、急ぎながらも最初のうちは丁寧に答えていたものの、ついに王女が立ち止まって
疲れちゃった
と溜息交じりに言い出したときには、とめ蔵の堪忍袋も、限界だった。
いい加減にしてください。早く戻らないと俺も貴方も怪物に喰われます。喰われて骨だけになって、しゃれこうべになって家に帰りたいんですか? 俺はそんなの嫌ですよ。疲れたならここで休めばいいです。俺は家に帰ります。帰って家の戸締りをしなきゃ。怪物に食べられないようにね!! あなたはどうするんですか? ここでゆっくり休んで怪物に食べられるの、待つんですか? バカみたいに座って、食べられるの、待つんですか?? ははは。そいつは愉快だなあ。ま、せいぜいしゃれこうべでも戻れるといいですよね。大抵は跡形も残りませんから
とめ蔵はキレた。とびきりの笑みを浮かべながら。
そしてこのタイプの人間を、お絹は他に一人、知っていた。
えいっ
それは、王女(今はお絹)がまだ幼かったころ、部屋中を折り紙の輪飾りで飾ろうと思いついて、ベットの天蓋にぶら下がっていたところを見つかって、
王女、そこはぶら下がる場所だなんて、誰が教えてくれたんですか? 私はその方に是非お礼を申し上げたい。そんな、不躾で、品のない、王女にあるまじき行いを教えてくださった方は、一体、どこの、誰なんでしょう?
お絹は笑顔でぶちギレているとめ蔵をみて、落ち込むどころかこんなことを思っていた。
お、同じだわ。
むしろレベル高いわ
あなた、スミス…いえ、知り合いによく似てるわ
スミス…
それを聞いて、とめ蔵はある男を思い浮かべた。
もしかして、白髪で頭にシルクハットをかぶった執事、だったりして
あら、よくわかったわね
お絹は嬉しそうに答える。
え?
夕暮れの森を歩くお絹の後ろ姿を見ながら、とめ蔵は立ち止まった。
じゃあ、この人って…まさか
その頃、城では
で? いつまでいる気ですか
え~もうちょっといいじゃん
執事が暇を持て余して遊びにきた乙姫にティーパーティを
めんどいから 帰れ
無理強いされてキレていた。
んで? 王女はどこいったんだよ?
気にせず話をする図太い神経の乙姫。
ちょっと
「ちょっと」ってなに?
「腐海めぐり」を……
はあ!?
執事は嘘が下手だった。
いきなり消えた…?
執事から王女に起こった事のあらましを聞くと、思案顔で乙姫はそう言った。
ええ。何か、心当たりはありませんか?
さすがの執事も、一人で抱えるには問題が大きすぎる。王女は、今どうしているのか、鉄面皮のはずの執事の顔に不安の色が差していた。
何だろうな。
王女に限って魔法じゃあるまいし。
…そうですね
お絹ととめ蔵が森を歩くこと30分。
案の定日が暮れてしまった。
二人は急いで小屋へと向かう。
お絹の手を掴んでとめ蔵は、みるみる暗くなっていく森を横目でみつつ、不安を募らせていた。
ひんやりとした空気が森の暗がりから流れてくる。汗がとめ蔵の頬を伝う。
まずいな…
今日に限って、武器は持ってきていない。明るいうちに戻るつもりだったからだ。油断が、仇となった。命の危機が迫ったとき、後悔しても、命は一つきりしかない。「ああすればよかった」は、なんの救済にもなりはしない。
……
お絹は体が「ビクリ」と強張った。聞いたこともない音が、森中に響き渡る。
……
まったく運がない。
とめ蔵は、覚悟した。あの声は、間違いなく「跡形も残さない」タイプの怪物のもの。
だが、小屋まではもう、そんなに距離はないはずだった。立ち止まっている暇はなかった。とめ蔵はお絹を連れて駆けだした。
異様な気配が周りに漂っている。今にもその暗闇から何かが飛び出してきそうだ。
お絹は、とめ蔵の手をギュッと握った。
それから、二人は暗闇に怯えながらがむしゃらに森をかけた。
二人の息遣いと、足音だけが聞こえている。
お絹は思った。このまま、怪物に食べられたら、国はどうなるのだろう。スミスは? 自分の帰りを待っているだろうか。
死を、悲しんでくれるだろうか。
そこまで考えて、お絹の胸は締め付けられた。
自分は何一つ、伝えていない。思いも、願いも、何も……。もしも、生きて帰れたなら、伝えなければ、そして、スミスの話を、聞かなければ。
ついにとめ蔵が歓喜の声をあげる。
よし! 着いたぞ!! 小屋だ!!!
二人は急いで中に入る。
はぁ…はぁ…
なんとか生きたまま小屋に着くと、お絹が息をつく間も、休まずとめ蔵は小屋の戸締りをし、暖炉に火を入れた。
ランプにも火を入れると、部屋が明かりに満ちた。
お絹はそれをみて、心底ホッとした。
よかった
そこは、とある森の中。小鳥が飛び交い、陽の当たる道で、赤ずきんもまた、暇を持て余していた。
あ~ヒマひま。暇だ~