古道具屋を出た僕たちは、
レインさんの魔法が指し示した方角を
探すことにした。

まずは立ち寄った船舶会社や
漁船のオーナーさんの家を1件ずつ回っていく。
 

アレス

……ふぅ、ここにもなかったかぁ。

アレス

よし、次だ。

レイン

アンタも飽きずによくやるわねぇ。
ハズレばかりで、
あたしはウンザリしてるって
いうのに。

アレス

勇者には諦めない心が必要だから。
ねっ、シーラ?

シーラ

ふふっ、そうですねっ。

レイン

……勇者ぁ?

アレス

あっ!

 
――そうだ、すっかり忘れてた!
レインさんには僕が勇者の末裔だって
言ってなかったんだっけ。

でも、彼女になら話しちゃってもいいかな……。
 

レイン

ちょっと! 勇者って何よ?

アレス

えっと、実は僕ね――

 
僕はレインさんに素性を明かすことにした。
今までの旅についても、簡単に説明をする。

すると彼女は目を丸くしながら
僕の話を最後まで静かに聞いていた。

そして全て聞き終えると、おもむろに口を開く。
 

レイン

……なるほど、あなたが勇者様なら
熊を説得できる不思議な力が
あってもおかしくはないか。

レイン

勇者アレス様、
よくぞご無事であらせられました。

アレス

えっ? えぇっ!?
ど、どうしたんですか、
急にかしこまっちゃって!

レイン

あたし――いえ、
わたくしの先祖は
伝説の勇者アレク様と共に
魔王を倒した
魔術師ルーンなのでございます。

レイン

私は各地を旅しながら、
魔族どもと戦って参りました。
今後は是非とも勇者様のお供を
させていただきたく存じます。

アレス

ちょちょちょっ、
ちょっと待ってください!
急にそんなことを言われてもっ!

シーラ

――私、聞いたことがあります。
かつて伝説の勇者アレク様は
5人の仲間と共に魔王を倒したと。

シーラ

聖騎士ランス様、拳聖ユース様、
大神官フェン様、
賢者デタックル様、
そして魔術師ルーン様。

レイン

私の家は魔術師ルーンの
分家筋に当たります。
本家はアレク様のご遺言通り、
今も故郷をお守りしております。

アレス

遺言?

レイン

はい。私は分家ゆえに
詳細は存じ上げないのですが、
勇者アレク様は亡くなる直前、
ともに旅をした仲間それぞれに
割り当てた場所を守るよう
言い残したそうです。

アレス

そんなの……初めて聞いたよ……。

シーラ

アレス様、
あとでタック様に
聞いてみましょう。
何か知っているかもしれません。

アレス

うん、そうだね。

アレス

レインさん、
仲間にするかどうかの件は
みんなに聞いてからでいいですか?

レイン

御意のままに……。

アレス

あ……。
口調や態度は
今までと同じにしてください。
僕の方がかしこまっちゃいますから。

レイン

勇者様が
そうおっしゃるのでしたら。

 

レイン

――っていうかぁ、
実はあたしもその方が助かるわぁ!

 
急にレインさんはさっきまでの調子に戻った。

すごい豹変の仕方だ……。
 

レイン

堅苦しいのは苦手なのよねぇ。
ま、両親に厳しく躾けられたから
表向きにはああいう口調や態度が
できるけどさ。

 
レインさんはテヘヘと微笑んだ。
でもこっちの感じの方が、僕も気楽でいいや。

そうして内心ホッとしていると、
彼女は少しだけ真面目な顔になって
真っ直ぐ見つめてくる。
 

レイン

ただ、
あなたが勇者様と知った以上、
あたしは何があっても
守ってみせる。
それだけは変わらない。

レイン

旅をしてきた
目的の1つは魔族討伐、
そしてもう1つが勇者様を見つけて
お守りすることだったんだから。

アレス

なんかいきなりで、
僕はまだ戸惑ってるけどね……。

レイン

まっ、こうして出会ったのも、
ご先祖様の
お導きかもしれないわね。

シーラ

ではアレス様、
とりあえず導きの羅針盤を
見つけてしまいましょう。

アレス

そうだね。
それじゃ――

 
――その時だった。

僕の視線は細い路地の交差点を過ぎ去る
2つの人影を捉えた。
 

ミューリエ

…………。

クレア

…………。

 
ミューリエが見知らぬお姉さんと一緒に
歩いていた。
年齢はミューリエと同じくらいだろうか?


――あの人は誰だろう?

僕は思わず走ってその交差点へ向かった。
でも僕がそこへ辿り着いた時には、
2人の姿はどこにもなかった。
 

シーラ

アレス様、
どうなさったのですか?

アレス

今、この交差点を
ミューリエが横切ったのが見えて。
でも誰もいないんだよ。

シーラ

そうでしたか。
何か深刻そうな
感じだったのですか?

アレス

いや、普通に歩いていただけ。
ま、心配はないだろうし、
今は僕たちのやるべきことを
続けよう。

シーラ

はい……。

 
その後、僕たちは思い当たる場所を全て回った。
ただ、
それでも導きの羅針盤は見つからなかった。

……いったい、どこにあるんだろう?
  

アレス

おかしいなぁ。
立ち寄った場所は
ここで最後なんだけどなぁ。

レイン

でもあたしの魔法では、
古道具屋から北西の方向にあるって
出てるんだけど。

シーラ

――あっ!

 
不意にシーラが大きな声を上げた。
 

アレス

どうしたの?

シーラ

もしかしたら、
あそこかもしれません!

アレス

どこ?

シーラ

昨晩、食事をした酒場です。
あそこも古道具屋さんから見たら
北西の位置にありますよね?

アレス

そっか、確かに!
行ってみよう!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



僕たちは急いで、
昨晩に食事をした酒場へ向かった。

そして店員のお姉さんに聞いてみると――
 

店員のお姉さん

あぁ、それなら私が持ってるわよ。
知り合いの船員さんから
プレゼントされたの。
今、奥の部屋に置いてあるわ。

アレス

本当ですかっ!?
お願いします!
それを譲ってください!
どうしても必要なものなんですっ!!

店員のお姉さん

そこまで熱心に頼むってことは、
よっぽど必要なのね。
分かった、譲ってあげる。
でも1つ条件があるわ。

アレス

なんですか?

店員のお姉さん

プレゼントしてくれた船員さんに
ワケを説明すること。

アレス

そっか……。
その人の気持ちを
大切にしてあげないと
いけませんよね。
プレゼントってことは、
想いが込められている
わけだから……。

 
バラッタさんに手土産を持っていった時、
それが僕に欠けていたと
指摘されたわけだしね……。

そのことはもう絶対に忘れない!


すると店員さんは
クスッと笑いながら顔を近付け、
目を合わせてきた。
そして僕の額を指で軽く突っつく。

わわわっ?
目の前に店員さんの顔があって
すごく照れくさい。

それにいい匂いもするし……。
 

店員のお姉さん

少年、分かってるじゃない。
さすが彼女を2人も
連れているだけはあるわねっ♪

アレス

なっ!?

シーラ

っ!?

レイン

ふふふっ。

アレス

こ、この2人は
そういうんじゃありませんよ!

店員のお姉さん

あららぁ。
そうやって強く否定するところは
減点ね。
その一言で傷付く人だって
いるかもしれないわよぉん?

店員のお姉さん

……なーんて、ねっ?

アレス

っ?

シーラ

…………。

店員のお姉さん

まっ、いいわ。
船員さんは今夜も呑みに
来るだろうから
その時に話をするといいわ。

店員のお姉さん

もしゴネたら、
その時は助け船を出してあげる。
そんな器の小さいヤツなら
頬をひっぱたいてやるわ。

若い船員

……おいおい、酷い言い草だなぁ。

店員のお姉さん

あら?
噂をすればなんとやら……。

 
不意に僕たちの後ろから声が上がった。

振り向いてみると、
そこには若い船員さんが
息を切らせながら立っていた。
 

若い船員

キミたちだね、
導きの羅針盤を
探しているというのは?

アレス

はい、そうですけど。

若い船員

古道具屋へ寄ったら、
店主のおじさんから話を聞いてね。
それでここに来てみたんだ。

若い船員

導きの羅針盤が必要なんだろ?
エリーゼがOKなら、
俺は異存ないよ。

アレス

もしかして、
店員のお姉さんに導きの羅針盤を
プレゼントしたのは
あなたなんですか?

若い船員

そうさ。

アレス

譲っていただいても、
よろしいんですか?

若い船員

もちろん!
だってそのために、
エリーゼに返してもらおうと思って
ここに来たわけだし。

アレス

どういうことですか?

若い船員

古道具屋のおじさんに
聞いたんだけど、
キミたちはバラッタ船長の
知り合いなんだってね?
あの人には恩義があってさ……。
だからなんとしてでも
導きの羅針盤をキミに
渡さなきゃって思ったのさ。

若い船員

そういうわけだから、エリーゼ。
あれは譲ってあげてくれないか?

店員のお姉さん

えぇ、もちろん。
私はそのつもりだったし。

店員のお姉さん

じゃ、少年。
彼の許可も出たことだし、
持っていきなさい。

アレス

ありがとうございますっ!

 
 


僕は店員さんから導きの羅針盤を受け取った。

こうして僕は、
ようやく目的を達成することができたのだった。


ちなみに導きの羅針盤は不思議な形をしていて、
真ん中にコマ、
その周りを2本の環が囲んでいる。
さらにその全体を支柱で支えている感じ。

仕組みはよく分からないけど、
確かに置物としても雰囲気があっていいかも。


それにしても、この町には温かい人が多いなぁ。
中年の船員さんにバラッタさん、
古道具屋のおじさん、
酒場の店員のお姉さん、若い船員さん――。

みんなのためにも、
僕は勇者として頑張らなきゃ!
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第38幕 判明! レインの正体!!

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