―タニリタ城下・宿―

ソートクとパッフが帰ってきた時、頭はスッキリしていた。

一休みの睡眠明けだったからだ。

どんなに楽な戦いを展開しても、体を動かしたのなら休める時に休ませる。

それは、長年パーティを組んでいる魔法使いも同じなようで、二人して短いながらも十分な休息を得た。

今は、ソートクとパッフが休んでいる。

ベッドの数は四つある。昨晩の簡易テントに比べて、羽毛がたっぷり入ったベッドは天使の抱擁に似ている。

引き続き、その天使に抱かれることもできたが、夜にはまた城から迎えが来るようなので待つことにした。

その間、話す内容はタニリタ国の現状だ。

タニリタ国が、領地の街であるソーリヨイから駐屯兵を退却させた理由は、一時宿に戻ってきたソートクたちから聞いていた。

ゼリィ

やっぱり、人質かぁ……

ゼリィ

そのおかげで、ソーリヨイの駐屯兵も、捜索班なり、防衛強化なりで駆り出されたわけだな

シュー

まあ、予想は出来ましたけどねぇ……

シュー

ソーリヨイの街の復興係や、情報収集に来た兵はどれも、無能な方ばかりですしぃ……

ゼリィ

国のお姫様を助けたいからって領地の守備を疎かにするもんか……?

シュー

王も人の親ですしぃ

シュー

まあ、それでも国を優先するものですけどねぇ

ゼリィ

だよなぁ。
パッフの話からは物分りの良い王様らしいけどよ……

シュー

確かにタニリタ国はぁ、民衆からの支持も厚いですしぃ……諸外国からの評判も上々ですぅ

シュー

暗愚な王ならこういった評判は出にくいはずですがぁ……

ゼリィ

それほど娘を溺愛していたとか?

シュー

どうでしょうねぇ……

シュー

何か他の理由があってもぉ、おかしくは無いですよねぇ

ゼリィ

他の理由?

シュー

王以外の判断だったりするとかぁ……

シュー

少なくとも、はっきりするまでは口には出せません〜

ゼリィ

あっそ……

シュー

自分で考えたらどうですか〜

ゼリィ

いやいや、オレの知力は最底辺だから

シュー

まったくぅ……

ゼリィ

だけどよ、盗賊団に囚われた姫さまを助けるなんて燃える展開だな

シュー

ですねぇ

ゼリィ

……

シュー

……

ゼリィ

来たみたいだな

シュー

ですねぇ

国王軍・兵士

失礼を致します

国王軍・兵士

ソートク様御一行、お迎えに上がりました

ゼリィ

ご苦労さん。
シュー、アイツら起こしてきてくれ

シューは奥の寝室へと入っていき、ソートクとパッフを起こした。

どちらも十分な休息を得られたとは言えない表情をしていたが、顔面を水に浸して強引にでも眠気を覚ます。


そうして、二度目のタニリタの城へ向かうため宿を後にした。

シューの守護精霊

主……行カナイノカ……

シュー

負傷兵の救護とか勘弁ですよぉ……
魔力が枯渇してぇ、本気で死にかねませんよぉ?

シュー

軽傷の人が多かった〜ソーリヨの街とは違うんですからぁ

シュー

それにぃ、今宵の月は満月ですからぁ……

シュー

夜の帳を淡くさせる月光を浴びて眠るとぉ〜魔力を高めさせるのですよぉ

シューの守護精霊

ソレ……嘘、迷信……

シュー

あららぁ、魔法生命体であるぅ、精霊ちゃんにはバレちゃいますかぁ……

―タニリタ城・兵士詰所―

生き残った兵は存外多くはない。
しかし、なんとしても皇女殿下を救いださねばな

ソートク

疲労は極まっているのではないか?
聞けば襲撃も重ね重ねに受けているらしいが――

国王軍・兵士

なんの!!
我ら、姫様を助ける為ならば!!

勇者殿、気遣いは無用。
窮地であっても、タニリタの兵は退きませんぞ


タニリタ国の兵士の詰所は救護室を兼ねているために広い。

争いごとの少ないタニリタ国ならではの城内設備の配置である。


しかし普段は兵士の寝室としての機能しか働いていなかったこの大部屋には、たくさんの負傷兵が担ぎ込まれていた。

彼らはベッドのシーツを血と汗で滲ませながら眠っているが、時たまうめき声を上げている。

もちろん城外に野営の救護施設があり、主だった負傷兵はそちらに送られていて、大掛かりな治療もそちらで行っていた。

まだ、詰所の方が穏やかではあるのだ。

だがそれでも、苦痛に悶える声と消毒薬のキツめの臭いが充満したこの大部屋が過ごしやすいかと言われてハイと答えるものもいない。

ゼリィ

別に、野戦病棟とかは慣れっこだからいいんだけどよ……

ゼリィ

みなぎる闘志に水を差されてる気分だ

国王軍・兵士

そうです、勇者様!
いくら同胞をやられようとも、我らの刃は折れませぬ!!

ゼリィ

まぁ、士気が高くて何よりだ

パッフ

盗賊団のことについて、我々は何も知りません。お教えいただけますか?

もちろんです。
敵は昨今出来上がったばかりの盗賊団です

最初の襲撃の際に、皇女殿下を攫われたのですが……。その時は五十程度の小さな集団でした

国王軍・兵士

散り散りに逃げられたため、当初はアジトも見つからなかったのです……

そして次の襲撃の際には、二百を超える数でした。その次には三百……

今では六百近いかと……

ゼリィ

オレ達で百は削った。
今じゃ五百だろうぜ。

国王軍・兵士

おお、頼もしいです

パッフ

盗賊団の頭目はどういった人間なのです?

それが、未だわかりませぬ……

ソートク

しかし、勢力を増やすのに長けていると見える。引き込みが上手いのか……

ゼリィ

人質という強力な後ろ盾を手に入れている訳だしな

国王軍・兵士

『深緑の大地』のならず共たちに声を掛けていると聞きます。情けない話ですが、我が国の犯罪者も混じっております

ソートク

与太者も集まれば、軍となるか

ゼリィ

んで、アジトはワレてんのか?

国王軍・兵士

はいっ!!
ここから馬を掛ければ半日と掛からない洞窟をねぐらとしています

パッフ

洞窟ですか……

国王軍・兵士

丘を越えた森のすぐ傍にあるのですが、いつできたのやら……

しかし、近いところにあると言うのは好都合だ

皆の者、私に考えがある

国王軍・兵士

なんでしょう?

これから襲撃をかけてはどうだろう?

パッフ

奇襲ですか……?

国王軍・兵士

なるほど!
それはいい策かもしれません!

パッフ

読まれてはいないでしょうか?
対策を講じられていれば、損壊は大きいですよ

いや、奴らは姫様がいる限りこちら側から手が出せないと思っている筈です

そこに付け入る隙があると思っています

国王軍・兵士

それに、今は勇者様も天空騎士様も斧使いの剣闘士様もいらっしゃいます!!

ゼリィ

あ、オレ二つ名特に無いんだ……。
まぁ、斧が強調されてるからいいか

ゼリィ

にしても、士気が高いのはいいが――

国王軍・兵士

兵士長!!
残った兵でも十分戦えます!!
今すぐにでもやりましょう!!

うむ。明日を待っても、勝機は訪れん、決まりだな

ゼリィ

多勢に無勢の状況の戦いにおいて、士気任せで勝てる場面はそう多くない。

ゼリィ

オレ達がいても、兵の損害は大きく、姫の無事は保証できねぇな

パッフ

……

ゼリィ

パッフもおんなじ考えだろうな……。

ゼリィ

止めるか――

国王軍・兵士

兵士長!!
それでは具体的な対策を急いで作りましょう!!

うむ、まずはだな――

ソートク

駄目だ!!

パッフ

!?

!?

ゼリィ

……もう一人いたか、反対派

国王軍・兵士

ゆ、勇者様……

ゆ、勇者殿……どうして止められるか……?

ソートク

犠牲を払って、姫の安全も保障できない作戦だ。

ソートク

お前ら、大目的は姫殿下の救出であって盗賊団の壊滅ではないだろう?

し、しかし盗賊団を壊滅できれば皇女殿下も簡単に救いだせるはず……

ソートク

だとしても、奇襲では盗賊団を倒せず、下手をすれば返り討ちに遭うぞ?

国王軍・兵士

そ、そんな!?

ソートク

であろう、ヴァルキリー?

ゼリィ

まあな

ゼリィ

今宵は満月。遮る雲も無い

ゼリィ

加えて、盗賊団のアジトは丘を通らねぇとたどり着けない――

パッフ

ただでさえ、洞窟をアジトにして夜目に秀でている盗賊団。
例え夜陰に乗じたとしても、月光が丘にいる者を照らしてしまえば、奇襲は不利――

パッフ

ですね?

ソートク

その通りだ

国王軍・兵士

し、しかしあなた方はこの土地をよく知らないのでは……?

ソートク

地図を見れば、地形はわかる

……

国王軍・兵士

……

ソートク

だが、時が劣勢を覆すことが無いのも事実だ

ソートク

要は姫だ

ソートク

皇女殿下が盗賊団の手中にあるから、奴らの士気を砕けずにいる。

ソートク

だから搦め手として、姫の救出を決行し安全を確保する。
しかる後、士気が削がれた盗賊団を攻めれば良い。戦局が士気に左右されずとも、大目的は達成済みだ。いずれ瓦解するであると見たなら無理して攻める理由も無し

ソートク

それで終わりだ

……

国王軍・兵士

……

ゼリィ

無理に攻めて戦場に姫様を連れ出されてもみろ。
何の抵抗もできずに蹂躙されて終わりだ。

パッフ

皇女殿下の救出は少数で行います

ソートク

つまり我々だけだ。
あと、道案内に一人欲しい。
案内係に武器は持たせなくてよい、戦わせたくない。

パッフ

あとは馬を人数分用意していただければと思います

それでは我らのやるべきことが……

国王軍・兵士

それに、勇者様御一行だけなんて無謀ですっ!

そ、その通りですぞ!?

ソートク

ん?

ソートク

勇者ソートク、信じるに値しないか?

ぬぅ……

パッフ

もし失敗しても、そっちの被害は ほぼありません

パッフ

兵士に休息を取らす意味も込めて、大船に乗るのは悪くないと思いますよ?

パッフ

そこまで大船ではありませんが……

ゼリィ

それでも乗り心地は保証するぜ?

……

白馬が一頭、鹿毛が二頭でよろしいか?

ソートク

感謝する

国王軍・兵士

兵士長!?

騒ぐな!

勇者の英断を信じないでなんとする!

これにて軍議は終わりだ!

明朝には馬を用意させましょう

ソートク

そうしてくれると助かる

ソートク

行くぞ、二人とも

ゼリィ

おう

パッフ

はい

ゼリィ

明日は随分と朝、起きんの早そうだな……

ゼリィ

夕方出発にしねぇか?

パッフ

置いていきますよ?

ソートク

それは困る

ソートク

シュー含めて、美少女三人揃わなければな

ソートク

数百を相手にするにはヴァルキリーの武とシューの魔法が必要。
パッフでなければ姫を守り切れん。
この作戦、すべてお前らがいればこそだ。

ゼリィ

言ってくれるぜ

パッフ

ならばどこかで槍を新調しないといけませんね……

ゼリィ

お前、まだ槍持って無かったのかよ……

ソートク

美少女に一条の槍か……。
さぞ華麗な姿であろうな

パッフ

武器が抱く本懐は、威力のみです。
見た目は二の次三の次です

ソートク

それでも、槍を携えた美少女に想いを馳せてしまうものだ

ゼリィ

ソートク……

ソートク

どうした?

ゼリィ

白馬と栗毛、どっちを選ぶ?

ソートク

馬の毛の色に優劣などは無いが――

ソートク

茶褐色の胴を持ちながら四肢を黒に染めた独特の渋味――。
鹿毛の手綱は俺が握る――!!

ゼリィ

へっ、勇者としちゃあ見所の塊だとは思ったが――

ゼリィ

白馬を選ぶセンスもねぇとはな

ソートク

白馬が好みか?
鹿毛の奥深さが分からんとはな。
奥深さ、つまりディープインパクト、ここに極まれりだ

ゼリィ

馬のセンスは壊滅的だなソートクさん!

ソートク

そっくり返すぞヴァルキリー!

パッフ

私に選択権は……?

そんな軽口だけが残された城門前。

門番である二人の兵は、勇者一行を見ていた。


まるで緊張感の欠片もない会話であったが。

勇者と天空騎士のたなびく外套と――

月光を反射する剣闘士の巨大な斧――

気の抜けた会話にそぐわない、その後ろ姿の勇ましさから目を離せないでいた。

――……

22、 ゼリィ 作戦を決めて白馬を選ぶ

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