―タニリタ城下・宿―
―タニリタ城下・宿―
ソートクとパッフが帰ってきた時、頭はスッキリしていた。
一休みの睡眠明けだったからだ。
どんなに楽な戦いを展開しても、体を動かしたのなら休める時に休ませる。
それは、長年パーティを組んでいる魔法使いも同じなようで、二人して短いながらも十分な休息を得た。
今は、ソートクとパッフが休んでいる。
ベッドの数は四つある。昨晩の簡易テントに比べて、羽毛がたっぷり入ったベッドは天使の抱擁に似ている。
引き続き、その天使に抱かれることもできたが、夜にはまた城から迎えが来るようなので待つことにした。
その間、話す内容はタニリタ国の現状だ。
タニリタ国が、領地の街であるソーリヨイから駐屯兵を退却させた理由は、一時宿に戻ってきたソートクたちから聞いていた。
やっぱり、人質かぁ……
そのおかげで、ソーリヨイの駐屯兵も、捜索班なり、防衛強化なりで駆り出されたわけだな
まあ、予想は出来ましたけどねぇ……
ソーリヨイの街の復興係や、情報収集に来た兵はどれも、無能な方ばかりですしぃ……
国のお姫様を助けたいからって領地の守備を疎かにするもんか……?
王も人の親ですしぃ
まあ、それでも国を優先するものですけどねぇ
だよなぁ。
パッフの話からは物分りの良い王様らしいけどよ……
確かにタニリタ国はぁ、民衆からの支持も厚いですしぃ……諸外国からの評判も上々ですぅ
暗愚な王ならこういった評判は出にくいはずですがぁ……
それほど娘を溺愛していたとか?
どうでしょうねぇ……
何か他の理由があってもぉ、おかしくは無いですよねぇ
他の理由?
王以外の判断だったりするとかぁ……
少なくとも、はっきりするまでは口には出せません〜
あっそ……
自分で考えたらどうですか〜
いやいや、オレの知力は最底辺だから
まったくぅ……
だけどよ、盗賊団に囚われた姫さまを助けるなんて燃える展開だな
ですねぇ
……
……
来たみたいだな
ですねぇ
失礼を致します
ソートク様御一行、お迎えに上がりました
ご苦労さん。
シュー、アイツら起こしてきてくれ
シューは奥の寝室へと入っていき、ソートクとパッフを起こした。
どちらも十分な休息を得られたとは言えない表情をしていたが、顔面を水に浸して強引にでも眠気を覚ます。
そうして、二度目のタニリタの城へ向かうため宿を後にした。
主……行カナイノカ……
負傷兵の救護とか勘弁ですよぉ……
魔力が枯渇してぇ、本気で死にかねませんよぉ?
軽傷の人が多かった〜ソーリヨの街とは違うんですからぁ
それにぃ、今宵の月は満月ですからぁ……
夜の帳を淡くさせる月光を浴びて眠るとぉ〜魔力を高めさせるのですよぉ
ソレ……嘘、迷信……
あららぁ、魔法生命体であるぅ、精霊ちゃんにはバレちゃいますかぁ……
―タニリタ城・兵士詰所―
生き残った兵は存外多くはない。
しかし、なんとしても皇女殿下を救いださねばな
疲労は極まっているのではないか?
聞けば襲撃も重ね重ねに受けているらしいが――
なんの!!
我ら、姫様を助ける為ならば!!
勇者殿、気遣いは無用。
窮地であっても、タニリタの兵は退きませんぞ
タニリタ国の兵士の詰所は救護室を兼ねているために広い。
争いごとの少ないタニリタ国ならではの城内設備の配置である。
しかし普段は兵士の寝室としての機能しか働いていなかったこの大部屋には、たくさんの負傷兵が担ぎ込まれていた。
彼らはベッドのシーツを血と汗で滲ませながら眠っているが、時たまうめき声を上げている。
もちろん城外に野営の救護施設があり、主だった負傷兵はそちらに送られていて、大掛かりな治療もそちらで行っていた。
まだ、詰所の方が穏やかではあるのだ。
だがそれでも、苦痛に悶える声と消毒薬のキツめの臭いが充満したこの大部屋が過ごしやすいかと言われてハイと答えるものもいない。
別に、野戦病棟とかは慣れっこだからいいんだけどよ……
みなぎる闘志に水を差されてる気分だ
そうです、勇者様!
いくら同胞をやられようとも、我らの刃は折れませぬ!!
まぁ、士気が高くて何よりだ
盗賊団のことについて、我々は何も知りません。お教えいただけますか?
もちろんです。
敵は昨今出来上がったばかりの盗賊団です
最初の襲撃の際に、皇女殿下を攫われたのですが……。その時は五十程度の小さな集団でした
散り散りに逃げられたため、当初はアジトも見つからなかったのです……
そして次の襲撃の際には、二百を超える数でした。その次には三百……
今では六百近いかと……
オレ達で百は削った。
今じゃ五百だろうぜ。
おお、頼もしいです
盗賊団の頭目はどういった人間なのです?
それが、未だわかりませぬ……
しかし、勢力を増やすのに長けていると見える。引き込みが上手いのか……
人質という強力な後ろ盾を手に入れている訳だしな
『深緑の大地』のならず共たちに声を掛けていると聞きます。情けない話ですが、我が国の犯罪者も混じっております
与太者も集まれば、軍となるか
んで、アジトはワレてんのか?
はいっ!!
ここから馬を掛ければ半日と掛からない洞窟をねぐらとしています
洞窟ですか……
丘を越えた森のすぐ傍にあるのですが、いつできたのやら……
しかし、近いところにあると言うのは好都合だ
皆の者、私に考えがある
なんでしょう?
これから襲撃をかけてはどうだろう?
奇襲ですか……?
なるほど!
それはいい策かもしれません!
読まれてはいないでしょうか?
対策を講じられていれば、損壊は大きいですよ
いや、奴らは姫様がいる限りこちら側から手が出せないと思っている筈です
そこに付け入る隙があると思っています
それに、今は勇者様も天空騎士様も斧使いの剣闘士様もいらっしゃいます!!
あ、オレ二つ名特に無いんだ……。
まぁ、斧が強調されてるからいいか
にしても、士気が高いのはいいが――
兵士長!!
残った兵でも十分戦えます!!
今すぐにでもやりましょう!!
うむ。明日を待っても、勝機は訪れん、決まりだな
多勢に無勢の状況の戦いにおいて、士気任せで勝てる場面はそう多くない。
オレ達がいても、兵の損害は大きく、姫の無事は保証できねぇな
……
パッフもおんなじ考えだろうな……。
止めるか――
兵士長!!
それでは具体的な対策を急いで作りましょう!!
うむ、まずはだな――
駄目だ!!
!?
!?
……もう一人いたか、反対派
ゆ、勇者様……
ゆ、勇者殿……どうして止められるか……?
犠牲を払って、姫の安全も保障できない作戦だ。
お前ら、大目的は姫殿下の救出であって盗賊団の壊滅ではないだろう?
し、しかし盗賊団を壊滅できれば皇女殿下も簡単に救いだせるはず……
だとしても、奇襲では盗賊団を倒せず、下手をすれば返り討ちに遭うぞ?
そ、そんな!?
であろう、ヴァルキリー?
まあな
今宵は満月。遮る雲も無い
加えて、盗賊団のアジトは丘を通らねぇとたどり着けない――
ただでさえ、洞窟をアジトにして夜目に秀でている盗賊団。
例え夜陰に乗じたとしても、月光が丘にいる者を照らしてしまえば、奇襲は不利――
ですね?
その通りだ
し、しかしあなた方はこの土地をよく知らないのでは……?
地図を見れば、地形はわかる
……
……
だが、時が劣勢を覆すことが無いのも事実だ
要は姫だ
皇女殿下が盗賊団の手中にあるから、奴らの士気を砕けずにいる。
だから搦め手として、姫の救出を決行し安全を確保する。
しかる後、士気が削がれた盗賊団を攻めれば良い。戦局が士気に左右されずとも、大目的は達成済みだ。いずれ瓦解するであると見たなら無理して攻める理由も無し
それで終わりだ
……
……
無理に攻めて戦場に姫様を連れ出されてもみろ。
何の抵抗もできずに蹂躙されて終わりだ。
皇女殿下の救出は少数で行います
つまり我々だけだ。
あと、道案内に一人欲しい。
案内係に武器は持たせなくてよい、戦わせたくない。
あとは馬を人数分用意していただければと思います
それでは我らのやるべきことが……
それに、勇者様御一行だけなんて無謀ですっ!
そ、その通りですぞ!?
ん?
勇者ソートク、信じるに値しないか?
ぬぅ……
もし失敗しても、そっちの被害は ほぼありません
兵士に休息を取らす意味も込めて、大船に乗るのは悪くないと思いますよ?
そこまで大船ではありませんが……
それでも乗り心地は保証するぜ?
……
白馬が一頭、鹿毛が二頭でよろしいか?
感謝する
兵士長!?
騒ぐな!
勇者の英断を信じないでなんとする!
これにて軍議は終わりだ!
明朝には馬を用意させましょう
そうしてくれると助かる
行くぞ、二人とも
おう
はい
明日は随分と朝、起きんの早そうだな……
夕方出発にしねぇか?
置いていきますよ?
それは困る
シュー含めて、美少女三人揃わなければな
数百を相手にするにはヴァルキリーの武とシューの魔法が必要。
パッフでなければ姫を守り切れん。
この作戦、すべてお前らがいればこそだ。
言ってくれるぜ
ならばどこかで槍を新調しないといけませんね……
お前、まだ槍持って無かったのかよ……
美少女に一条の槍か……。
さぞ華麗な姿であろうな
武器が抱く本懐は、威力のみです。
見た目は二の次三の次です
それでも、槍を携えた美少女に想いを馳せてしまうものだ
ソートク……
どうした?
白馬と栗毛、どっちを選ぶ?
馬の毛の色に優劣などは無いが――
茶褐色の胴を持ちながら四肢を黒に染めた独特の渋味――。
鹿毛の手綱は俺が握る――!!
へっ、勇者としちゃあ見所の塊だとは思ったが――
白馬を選ぶセンスもねぇとはな
白馬が好みか?
鹿毛の奥深さが分からんとはな。
奥深さ、つまりディープインパクト、ここに極まれりだ
馬のセンスは壊滅的だなソートクさん!
そっくり返すぞヴァルキリー!
私に選択権は……?
そんな軽口だけが残された城門前。
門番である二人の兵は、勇者一行を見ていた。
まるで緊張感の欠片もない会話であったが。
勇者と天空騎士のたなびく外套と――
月光を反射する剣闘士の巨大な斧――
気の抜けた会話にそぐわない、その後ろ姿の勇ましさから目を離せないでいた。
――……