辺りをきょろきょろと見渡しながら抱えたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、少女――アリスは再び歩き出す。不思議の国をいつも彷徨う彼女からすれば、どんな世界も不思議の国である。彼女が今歩き回っている現実世界も、彼女が居る以上は不思議の国なのである。
ううーん……ここはどこかしら? ウサギもいないし、人ばっかりね
辺りをきょろきょろと見渡しながら抱えたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、少女――アリスは再び歩き出す。不思議の国をいつも彷徨う彼女からすれば、どんな世界も不思議の国である。彼女が今歩き回っている現実世界も、彼女が居る以上は不思議の国なのである。
穴からは落ちなかったわ。それに、茂みもくぐってない。それじゃあ私はどこから来たの? あの家? それともあの扉かしら?
目線を様々なものに移しはするが、近づいて開けようとはしない。本当はアリスもある扉全てを開けてみたかったのだが、人の目が気になるのだ。不思議の国ではあまり抱かなかった感情が、この“不思議の国”では抱いてしまう。なんて不思議なんだろう。アリスはそう思いながら歩を進めていく。実際彼女はこの世界では浮いてしまうほど派手な格好をしていた。勿論、それはいつしか不思議の国に慣れた彼女には至極当たり前のことで、疑問を持つべきところでもなかったが。
どうやったら元の所に戻れるのかしら。でも、どこを元の所っていうべきなの? ここが不思議の国なら、ここは元の所だわ。それじゃあ不思議の国はどこにあるの?
そう言いつつふらふらと歩く彼女を、人々は目で追う事はあっても話しかけはしない。誰も、彼女と関わりたがらなかったからだ。
おィ、アリスは見つかったのか? あいつは同じとこをグルグル回ってるときもありゃァ遠くまで真っ直ぐ歩いてるときもある。訳の分からん奴だからなァ、とっとと見つけねェと
街を歩くのはルイスとマッドハッター。そして、その後ろにはヤーコプが付いてきている。ハンス達が来ないのは、万一家の周辺にアリスが現れた時のためである。
勘違いしないでいただきたいのは、私はイモムシでもチェシャ猫でも白ウサギでも無いという事です。彼らの様にアリスを導き、惑わせる存在では私は無いのですよ。私は彼女を惑わせるだけ。ええ、惑わせることは出来るんですがね
そう言ってほほ笑み、指をくるくると回すマッドハッター。その仕草で彼が何をしたのかを察したルイスはふんふんと頷き、ヤーコプの方を見る。
どうやらアリスは同じ所をぐるぐる廻ってるみてェだな。グリム兄、鼻が効く奴でもいねェのか?
女限定ならとんでもない能力を持っている奴がさっき戻ってきたばかりだ
ちょっとそいつを出してくれよ。こいつにゃァ留まらせることは出来ても捕まえることは出来ねェんだ。アリスはこいつから逃げ出しちまうからなァ
ルイスの言葉にくすりともしないヤーコプはばらばらと本を開くと、先程戻したばかりのページを開く。そこに描かれているのは、赤い頭巾の少女に近づく一匹の狼だった。
ヤーコプが本に手をかざすと、マッドハッターが現れ出た様に光がぽんとそこから飛び出す。そうして段々と形を為し、次第にあの狼の姿をはっきりと取った。
おや? 私に御用ですか? 戻されたばかりだというのに
むくれんなキモい。ちょっとアリスって女の子を探して欲しいんだ。……ルイス、彼女の匂いが分かるものとか無いのか
ちょっと待ってください、私は犬ではありませんよ。匂いなど必要ない。私を舐めないでいただきたい
そう言うと、狼はまっすぐどこかへと歩き出す。残りの三人はそれに付いていくという形になった。
狼耳の男と、派手な格好の金髪の男。フードを被った男。この面子だと幾分か自分はまともな人間に見えるだろうな、とヤーコプは心の中で小さく笑った。