第5話「はなび、Lv23だよ」









 古参アイドルの喜多村まつりさんが餌になって、一日が経った。
 妹であるはなびさんは、あれからずっと、部屋に閉じこもっているらしい。


 レッスン室にも重苦しい雰囲気が漂っていた。
 ――のだが。

おっはよー、にゃー!

あ、お、おはようございます

芦原っち、元気ないにゃ! もっともっとハツラツにいくにゃー!


 レッスン室にいくと、猫宮さんがいた。

猫宮美也さん


 それは偽名で、本当は佐藤妙子さん、だったかな。
 でも彼女は頑なに猫宮美也と名乗っているようだ。
 きっとこれが猫宮さんの選んだ『個性』なんだろう。

 元気いっぱいだし、にっこり笑っているし。
 相変わらず、すっごい格好しているなあ……。
 世界観全然違うよお……。

で、でも猫宮さん、
昨日喜多村さんが
餌にされちゃったばかりで……。

ウチのことは美也でいいにゃ、芦原っち

……美也、さん

にゃはは、それでいいにゃー!

しんみりしてたって仕方ないわ、芦原さん
美也も色々と乗り越えてきているからね

矢中さん……

べっつにー、そんなことにゃいけど、
でもこれぐらいで負けていられにゃいにゃ!

ふふっ、その通りだわ

あはは……


 そう言って美也さんはグッと拳を握った。
 矢中さんが笑い、つられてわたしも少しだけ頬を緩める。

先輩アイドルの犠牲を乗り越えて、
わたしたちの絆は深まります


 わたしのこれからのアイドルとしての訓練は、まだ始まったばかりだから――。

 ――と、元気を出した翌日、



 ついにアイドルとしてのデビューが決まった。

 
 
 
 
 
 

 
 
 

 

えっ、わ、わたしがメンバーですか!?


 わたしの所属するアイドル事務所……、というより、このゲーム「ライブフレンドアイドル(仮)」では、十人一組のアイドルチームが組まれる。
 この十人がチーム『ラブリーえんじぇる』のレギュラーメンバー。
 栄誉ある一軍だ。

 で、だ。

 レギュラーメンバーの十人。
 その中にわたしが抜擢されたというのだ。

やったわね

やったにゃー

あ、ありがとうございます!
すっごく、ありがとうございます!


 温かく声をかけてくれたふたりに頭を下げて、わたしは顔をあげる。
 ちょっぴり目が潤んでいました。

 そうだ、わたしは本当はアイドルになりたかったんだ。
 昔からずっとずっと、アイドルになりたかったから。

 そのためにこんな、ソーシャルゲームの世界にまでやってきちゃったんだ。

 だから、
 このときばかりは本当に嬉しくて。
 まるで夢がかなったような気がしました。

ああ、この世界に来てよかった……


 なんて、そんなことを考えてしまいました。
 

 たくさん練習して、たくさんレッスンして、
 ついにわたしたちの初ステージの日がやってきます。


 だけど……。

……


 わたしをじっと見つめている人がいたのです。
 












ど、どうしてこんなことをするんですか、
喜多村さん!

うるさい、うるさい、うるさい!

ひっ

どうしてお姉ちゃんが消えて、
あんたみたいなのがメンバーに加わるのよ!
どうしてあんたみたいなのが!
どうして!


 もうLIVEが始まりそうだというのに。
 わたしは彼女に舞台裏に引っ張り込まれたのだ。


 鬼気迫る勢いで喜多村はなびさんが迫ってくる。
 怖い。

消えるなら、
ぽっと出のあんたが、
いなくなればよかったのに!
なんでお姉ちゃんが餌に! 
それもあたしの餌にされるのよ!
どうして……!

そ、それは……

おかげで体が軽いわよ!
今までよりもずっとダンスにキレが出たわ!
声だってよく通るようになった!
でも、お姉ちゃんがいなかったら
なんにも意味がないよ!


 喜多村さんは泣いていた。
 とても悲しそうに、涙を流していた。

お姉ちゃんに褒めてもらいたかったのに
お姉ちゃんに頑張ったねって
言ってもらいたかったのに
それなのに、それなのに……

やめなさい、はなびさん

矢中さん……

……来たわね、いい子ぶっている矢中

なんのこと

新人を手なずけて
自分の派閥を作っているんでしょ!
最後まで生き残りたいからって、
そうやって!

群れたところで、
プロデューサーには関係ないわ
それとこれとは別の話よ


 きっぱりと言う矢中さんはこちらを見た。

それに、
生きている人が泣き事を言う資格はないと、
私は思っているわ

あんたはあたしみたいな目に、
遭ったことがないから!

言い争うその前に、
やることがあるでしょう


 矢中さんは指をさした。
 そこには、光り輝くステージがある。

 そう。
 ゆっくりとうなずき、矢中さんは言う。

私たちを待っているお客さんがいる
LIVEが始まるのよ

――

その瞬間、
喜多村はなびさんの表情が変わった

それはまるで、
自分の使命を思い出したかのように

行きましょう、はなびさん。
私たちのSTAGEへ。
あなたのお姉さんは、
その胸の中にいるのでしょう

……


 納得できそうにない表情だ。
 けど、喜多村さんはそこから目を背けることはできないようで。

……きょうばかりは、
お預けにしておいてあげるわ

喜多村さん……

お客さんの前で喧嘩するなんて、
――プロ失格だもの

アイドルなら
笑っていなくちゃ


 そして、微笑んだ。

行きましょう、矢中さん

…………ええ


 はなびさんは涙を拭って、顔をあげる。
 そこにはもう――アイドルとしてのきらめきがあった。

 わたしが憧れて、なりたくて、
 ずっとずっと、世界を超えてまで、
 夢見ていた、そんな人たち。

 矢中三春さんも、喜多村はなびさんも、

 ――その瞬間、
 確かに、アイドルだった。








そして、幕が上がり、
わたしの初めてのステージが始まる

そこは大きなライブ会場だ

全身全霊を込めて、わたしは歌い、踊った

無我夢中だった

頭は真っ白で、でも光に包まれて、とっても気持ちよかったことだけ覚えている

そして――
わたしはトップアイドルへの第一歩を、

――踏み出したのです












出ました、
チーム『ラブリーえんじぇる』のスコア、
3872ポイント!

全国ランキング28731位です!

トップアイドルまでの道のり、遠っ!











 喜多村はなび(R)

 Lv 23 / 30
 親愛度 28 /100

 特技:ハッピーダンスLv2
 効果:全体のダンスパワーを7%up

 喜多村姉妹、甘えん坊の妹。
 しっかり者の姉にくっついている。
 宮崎県生まれの、イマドキの女子高生。

第5話 「喜多村はなび、Lv23だよ」

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