―雌伏の小屋―



聖六角大陸『ヘキサポリス』

魔物と人々の争いが絶えない大陸。

戦火から逃れるようにその集落はあった。

森の木々に囲まれ、どの領地に属しているのかさえ曖昧な場所。

村と呼ばないのは民家が全部数えたところで十にも満たないからだ。

どれも似たような造りの民家が点在している。

木々を積み重ね、その合間に苔を塗りたくった簡素な家屋だ。

小規模経営の村大工に頼めば一日半で出来るだろう。

そんな家の中にある、これまた簡素なベッドで眠りこけている男が一人。

日は昇りはじめ、魔物と戦う術を持たない農夫が、畑相手に精を出す時刻。


ソートク

zzz



ソートクは眠っていた。

はたから見れば自堕落な男、ソートク。

乱れきった寝相で眠りこける彼は、夢を見ていた。

神官

ソートク……ソートク。
私の声が聞こえますね……?

ソートク

zzz

神官

……

神官

ソートク

zzz

神官

ソートク……ソートク。
私の声が聞こえますね……?

ソートク

zzz

神官

……

神官

神官

……あれ? 音声入ってます?

神官

通信班。神託先、この方であってますよね?

ソートク

zz……ふごっ

ソートク

ん、何事か……




眠っているソートクは、姿も見えない声に夢の中で目を覚ました。
 
周囲は木製の壁ではなく、白いモヤがかかってはっきりと見えない。

脳に直接響くような声は女性特有の高さと柔らかさを持っている。

しかし、声の主は見えない。どこにいるのかも分からない。

神官

いや音声届いてないんですよぉ……

神官

だから通知は伝書鳩の方がいいって何度も言ってるのに……

ソートク

おい……うるさくてかなわん。
姿も見えないが、そこな貴様は何者か?

神官

今日はこの後、6人に神託しなきゃいけないんですよ!?

神官

こっちの段取りも考えてください……

神官

朝一からトラブルって……

神官

もう神官辞めよっかな……?

ソートク

聞こえてるぞ神官。
耳にすべきことじゃないことまでな

神官

っは! 起きました!? よかったぁ

神官

音声届いてました!! 神託続けます!!

神官

コホン、改めまして――

神官

ソートク……ソートク。
私の声が聞こえますね……?

ソートク

改める必要があるか?
既に会話は成功しているだろうに

神官

それもそうですよね……でも決まりなので

ソートク

で、何のようだ?

神官

はい、神託です神託

ソートク

神託?



ソートクは思い出す。

『神託』

それは神の啓示である。

神に仕えし神聖なる教会『エルエット大教会』

そこに属している神官たちが伝える神のお告げである。

国を任されている国王や為政者たちの伝令よりも重んじるべき伝達事項は、他者に洩れないように、当事者に直接下されるという。



ソートク

ああ。あれは朝来るものなのか……迷惑極まりない

神官

まあ、夢の中が一番邪魔されませんからね。お時間大丈夫ですか?

ソートク

大丈夫だが一体何用だ?

ソートク

寝ているのに話を聞かなければならないというのは難儀するな

神官

これより説明しますね。耳をおすませください。えーっと、

神官

ソートクよ。私はエルエット大教会の神官。私には全てが見えています

ソートク

……ああ

ソートク

マニュアルにしか沿えん神官……

ソートク

神託とやらも形骸化しつつあるのか?

神官

貴方はいずれ、私の前に現れることでしょう

神官

真の勇者として――!!

ソートク

おい、耳をすませば嘲笑が聞こえるぞ?
なにゆえ笑われる?

神官

ご、ごめんなさい。神託の演出班が間違えたみたいで……

神官

本当は――

神官

真の勇者として――!!

神官

――ってなる予定だったんですけど……

ソートク

どちらであろうと、煽られているようにしか思えん

神官

し、仕切り直しますね

神官

さぁ旅立つのです!! 勇者ソートクよ!!

神官

魔を払い、この世に悠久の安寧と平穏をもたらすために――!!

ソートク

……そうか

神官

――以上になります。何かご質問等ございますか?

ソートク

あー……

ソートク

つまり、これから勇者を名乗っていいんだな?

神官

はい。正式な書類も目覚める頃には配送されていると思います。

神官

書類は、エルエット大教会に連なる提携教会にてご提示頂く手形にもなりますので、紛失しないようにしてくださいね

ソートク

わかった

別に驚きはしない。

神託こそいきなり来たので多少驚いたが、ソートクは段階を踏んで勇者になったのだ。

勇者になった目的も、果たすべき使命も知っている。

あとは行動に移すだけだ。

ソートク

とはいえ、勇者として認可されたものの、どこに行くべきか……

ソートク

定石を踏むならば近隣の王に謁見をするものだが……

ソートク

定石を踏みぬくために勇者になったわけではない……

ソートク

だが一般大衆に俺を知らせる面では、下策と一蹴するのも勿体ない

神官

あ、勇者ソートクさん

神官

色々な勇者様は、まず近隣諸国の王様に会おうとするものですけれど――

神官

あれ、あんまり意味ないですからね?

ソートク

何?

神官

勇者を認定するのって国じゃなくて教会側じゃないですか

神官

だから、勇者の権限とかって教会に関することに属するものであって、国は別ですからね

神官

そもそも国によっては勇者に不信感を募らせている国もありますから……

神官

教会と国の分別はしっかりとしてください。教会は閉ざす門を持ち合わせてはいませんが、城の門は当然のように刻限がありますから

ソートク

聞いてはいたが、融通が利かないものだな

神官

あ、あと勇者になったからといって絶対に盗みだけはしないでくださいね?

ソートク

盗み? なぜ俺が窃盗を働かねばならん?

神官

いや実例があるので伝えておきますが、民家に押し入って金品を盗んでいい保証は全くありませんから

神官

我々は勇者を輩出しているのであって、盗賊の類を厳選しているのではありませんので

ソートク

実例があったのか……天を恐れぬものの所業だな

神官

勇者の任、重々承知してください

神官

では神託は以上になります。

神官

なお、この神託によって目覚めに支障をきたしたとしても、教会側は一切責任を持ちませんのでご了承下さい

ソートク

随分と一方的だな

神官

では、最後に……

神官

もうそろそろ、貴方もこの眠りから目覚めることでしょう

神官

私はエルエット大教会の神官。私には全てが見えています

神官

さぁ旅立つのです!! 勇者ソートクよ!!

ソートク

やはり形骸化しているのか。雁字搦めだな

次の瞬間、ソートクは眠りから覚めた。

――……

2、 神官 神託に難儀する

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