うららかな春の街道に相応しくない光景が目の端に入り、思わず眉を顰める。

盗賊さんだね、あれ

 リィンと同じ光景を認めたサジャの言葉を背に、リィンは剣の柄に手をかけ、街道側の木々の影にたむろする盗賊達の方へ足を向けた。

へへっ。俺達に捕まったのが運の尽き

身ぐるみ置いていってもらおうか

 五人いる盗賊達の真ん中には、まだ鎧も新しい冒険者らしい影が一つ。いくら何でも一対五は卑怯だ。音も無く、盗賊の背後に立つ。数瞬の後、五人の盗賊は全てリィンの足下に倒れていた。

リィン、強いっ!

いえいえ

 サジャの賞賛の声に照れつつ、腰を抜かして地面に尻餅をついた冒険者らしき影の方を向く。

痛……

……ルーイン!

 リィンの口から漏れたのは、驚きの言葉。

あなたなんでここにいるのっ!

 弟の胸倉を掴み、思わず叫ぶ。確か、リィンが王都で冒険者になると決まったとき、消去法で弟のルーインが辺境の領土を継ぐことになったのではなかったか。

うるさいっ!

 リィンの腕を力一杯払い落とした弟、ルーインの叫び声が、耳に響く。

俺も、冒険者になるんだっ!

でも、ルーイン、あなた

うるさいっ!

 それだけ叫ぶと、弟はリィンに背を向け、街道を走るように去って行った。

あ、サフィーニに行くのなら、一緒に

うるさいっ!

 心配する姉の方を、振り向くことなく。

あー、行っちゃったぁ

 リィンと林の中を突っ切った方が、王都サフィーニには早く着くのに。サジャの言葉に、息を吐いて微笑む。ここからサフィーニまでは、半日も掛からない。街道を離れなければ、王都の近くでも時折現れる、弟の手に余る怪物に遭遇することは無いだろう。

ルーインがこれ以上、盗賊さんに会いませんように

 それだけが、リィンの気がかり、だった。

 その弟が、王都サフィーニにある冒険者宿『青石亭』に現れたのは、午後も遅くなってから。

たのも……、って、なぜ姉貴がここにいる!

冒険者だもの、一応

 驚く弟に、真顔で答える。

それより、お父様のお許しは出ているの、ルーイン?

勿論、家出してきた

 何の屈託もなくそう言う弟に、リィンは大きく息を吐いた。

冒険者に、なりたいのですか?

 そのリィンの前に蜂蜜水が入ったカップを置いた青石亭の主人アズが、ルーインをじっと見詰める。

ここで冒険者としての登録を受けたいのであれば、試験を受けてください

 そう言って、アズが取り出したのは、一通の手紙。

この手紙を、王都南にあるラピス村まで届けてください

そんなの、お安い御用だぜ!

 無事に手紙を届けてここまで帰ってくることができれば、冒険者として登録しますよ。アズの言葉に、ルーインはニヤリと笑ってリィンを見、アズから手紙を受け取るなり意気揚々と宿を出た。

試験なんて、あったんだ

 リィンの横でアップルパイを頬張るサジャが、首を傾げる。

あたしがリィンとティナに連れられてここに来たときには、試験なんて無かったような

採用試験、じゃなくて、
諦めさせるための試験、だから

 サジャの疑問に答えたのは、蜂蜜水のお代わりを頼むティナ。

最近は、生半可な気持ちと技量で冒険者に憧れる若者が多いですからね
前途ある若者が、無駄に命を落とすのは悲しすぎますから

 だから、『試験』という名の試練を課すのです。ティナのカップに蜂蜜水を注ぎながらのアズの言葉に、リィンは居ても立ってもいられなくなった。
 手紙を届けにいく弟にどんな試練が降りかかるのかは分からない。冒険者に必要な剣の腕や胆力を、弟が持っていないことも理解している。弟に危険が迫ると分かっているのだから、放っては置けない。

行ってくる

ま、仕方無いわね

 立ち上がり、青石亭を出るリィンの肩を、ティナが叩く。

一緒に行くわ
この『試験』作ったの、お師匠様だし

ありがとう

 微笑むティナに、リィンは頭を下げた。

 夕刻の街道を、ティナとサジャとで進む。

 王都近くの街道らしく、もうすぐ日が沈むというのに人通りは途絶えない。その人影に見え隠れする弟に見つからないよう、リィンは気をつけて歩いていた。

 と。

え?

 賑やかな街道の真ん中で、不意に、弟の姿が消える。

大丈夫

 ティナに肩を掴まれ、リィンは止めていた息を吐いた。

これが、お師匠様が作った『試験』だから

 アズから渡された手紙に込められた魔法によって別次元に飛ばされた冒険者が、別次元で課される試練を突破し、この場所に戻ってこれるかどうか。それを問うのが『試験』の内容。

私たちも、行ってみる?

勿論

 ティナの言葉に、リィンは急いたように頷いた。リィン達がこうしている間にも、弟が何かにおそわれて怪我をしているかもしれない。いや、もしかすると。いつにない焦りが、リィンの心を支配していた。

 と、その時。

リィンだな!

 聞いたことのある声が、耳に響く。馬に乗った優男が、リィン達の前に立っているのが、見えた。

ここで会ったが百年目!
今日こそ日頃の恨みを……

 馬を下りて腰の剣を抜いた優男を、一瞬で返り討ちにする。

おお、一発KO

隣国の王子にも容赦無しね

早く、行きましょ

 ティナとサジャの声が耳に届くより先に、リィンはティナの手を取った。

分かった

 リィンの目の前で、ティナがこくんと頷く。次の瞬間。リィン達は明るい靄の中にいた。

こ、ここは、何処だ?

 弟の声が、遠くから聞こえてくる。

ルーイン!

 リィンの叫び声は、ティナの手に塞がれた。

邪魔しちゃダメ
これは、あの子の試練、なんだから

 ティナの言葉は、理解できる。万が一の確率で弟がこの試練を乗り越えれば、弟は冒険者になることができる。それが、弟の希望。だが。

うわああああああああああああああっ!

 次に響いた、弟の悲鳴に、リィンはティナの手を振りきって声の方へと走った。

ルーイン!

 尻餅をついた弟を庇うように、立つ。

 顔を上げると、靄の向こうに何かの影が見えた。

 その影は。……見慣れたもの。

リィン!

 顔を真っ赤にして怒る、王都サフィーニを守護する群青騎士団の副団長、ミトの姿を認め、構えていた剣を下ろす。

また無茶をしてっ!

この靄の中では、その人が一番怖いと思っているものの姿が現れるんだって

 再びリィンの肩をぽんと叩いたティナの説明に、リィンはこくんと頷いた。

王都で騒動を起こすなって、
何回言ったら分かるのっ!
怪我だって、たくさんしてるしっ!

うん、
ごめんね、ミト

 怒った顔を崩さない、幻のミトの肩を、叩く。

でも、これが、私なんだ

 次の瞬間。靄が、晴れる。

 黄昏の街道に、リィンは立っていた。ティナもサジャも、弟も、リィンの横にいる。

あの回答で『試験』を抜けるとはねぇ

 ティナの言葉が、遠くに響く。

ま、これで手紙の魔法も切れたし、さっさとサフィーニに帰りましょう

うん、お腹空いた

 呆れた感のあるティナの言葉に賛同するサジャの方に微笑んでから、まだ尻餅をついたままの弟の方へ手を伸ばす。

さ、ルーインも一緒に帰ろう

うるさいっ!

 リィンのその手を、弟は拒否した。

何だよ!
みんなして俺をバカにして!

 弟が吐き捨てた言葉に、悲しくなる。

いいさっ!
隣の国で冒険者になってやる!

 そう言い捨てて去っていく弟の背を、リィンは言葉無く見詰めるほか、なかった。

のほほん冒険者、拒まれる。

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