白雪姫

あっ、イケメン発見……ねぇねぇ王子様、よかったらお話しません?

 肌は雪のように白く、頬は血のように赤く、黒檀のように長く黒い髪をした少女――白雪姫は、フードを被った青年に声を掛ける。
 

チャールズ

わ、わわ私に、なっ、な何か?

 突然に声を掛けられたので、青年は驚いたのか、はっきりしない口調で返した。しかし、その程度は白雪姫にはどうだっていい事である。

白雪姫

お名前は何と言いますの? 私、貴方にとても興味がありますわ

 初対面の男性にぐいぐいとアプローチする白雪姫。それに対し、青年はひたすら困り顔で彼女を押し返していた。
 しばらく膠着状態が続くと、青年の方が何かに気付いたようで、ぼそりと何かを呟く。

チャールズ

……童話?

 その言葉に、白雪姫は驚いた顔で青年の顔を見た。青年もまた、驚いた顔で彼女を見ている。

白雪姫

私が誰か、わかりましたの?

チャールズ

え、ええ、っと……ぐ、グリムのとこの……しし白雪姫さん

 白雪姫はその言葉に大きな目を見開いた。それが肯定の意味だと知っていた青年は、相手が童話だと分かったからなのか、少し落ち着いた様子で深呼吸をすると、諭すように言った。

チャールズ

い、今からでも遅くないですから、兄弟のと、ところに戻りましょう。私も一緒に行きますから

 少しずつ言葉が明瞭になり始めた青年に、白雪姫はふぅとため息を吐いて不機嫌そうに頬を膨らませる。

白雪姫

つまんないの。でも、見つかっちゃったら仕方ないわよね。……でも、ヤーコプ達でもアンデルセンでもないようだけれど、貴方も私が童話って分かったって事は、作家かしら?

チャールズ

ええ……。私の名前はチャールズ。いや、ルイス、と言った方が通じるでしょうか。作家として活動しているのは、ルイス・キャロルですから

白雪姫

うふふ、変わった人だわ。それじゃあ貴方とルイスさんは別人みたいじゃない

チャールズ

同一人物、ではあるんですが、他人でもあります。わ、私とルイスは、いつの間にか別れてしまった

白雪姫

あら、とっても気になるわ。益々興味が出て来ちゃった。ねぇ、グリムの所に行くまで、貴方のお話を聞かせて頂戴?

 白雪姫のその言葉に、チャールズは首を振った。その様子に、白雪姫は、あら残念、とだけ言う。それ以上詮索することもなく、彼らは街を歩いていく。ふと、立ち止まったチャールズは、しばし逡巡し、歩いている向きを急に変えた。

白雪姫

どうしましたの? グリムの家は其方ではありませんわ

チャールズ

多分、この時間帯、彼らはあそこにはいないと思ったのです。私の予測と鼻が正しければ

白雪姫

鼻?

 そうしてスタスタと歩いていくチャールズに付いていくと、白雪姫は見覚えのある一軒の家に辿り着く。

白雪姫

……いい香りですわ。アンデルセンのお家ですわね

チャールズ

ここに、ヤーコプやヴィルヘルムも居るでしょう

 そう言って、チャールズは戸をノックした。中から聞こえてくる声に、ほら、正解だったろう、と言わんばかりの笑顔を浮かべて。

ハンス

ああ、ようこそチャールズさん! パンが焼きあがった所なんですよ! よかったらどうですか!

 チャールズと白雪姫を迎えたのは、満面の笑みのハンスだった。ハンスとチャールズは同じ創作童話作家だからかとても仲が良い。収集童話作家であるシャルルとヤーコプはとてもではないが仲がいいと言い難い状況であるというのに。
 例を言ってチャールズが席に座ると、その隣にちょこんと白雪姫が座る。チャールズはパンを一つ取り、熱くないか確かめてから白雪姫に差し出した。それを受け取った白雪姫は、幸せそうにそれを小さくちぎって口に入れる。

ヤーコプ

白雪姫! お前もまた抜け出したのか! 狼といいお前と言い万年発情期が……

ヴィルヘルム

女の子相手なんだから言葉を選んでよ!

白雪姫

もう慣れましたわ、ヤーコプの下品な物言いにも。それに、悪いのは私ですし

ヴィルヘルム

ごめんね、白雪姫。……でも、それを食べたら戻るんだよ

 ヴィルヘルムがそう言うと、白雪姫は嬉しそうに微笑んだ。その言葉が不服そうなヤーコプはヴィルヘルムに食って掛かろうとするが、ヴィルヘルムはそれを事もなげにいなした。

ヴィルヘルム

ありがとうございます、チャールズさん。白雪姫をここまで連れてきてくださって

チャールズ

彼女の方から私の所に来たからね。たまたまですよ

カイ

あっ、ドードー!

ゲルダ

おはよう、ドードー!

 漸く起きてきたらしい二人の兄妹がチャールズへと走り寄る。チャールズは二人の頭を優しく撫でてやり、椅子に座るよう促した。
 ドードー、というのはチャールズの渾名である。先の白雪姫との会話でもわかるとおり、吃音が少しある彼は、自分の本名のチャールズ・ラドウィッジ・ドジソンという名前が上手く言えず、自己紹介でどもってしまうことがあった。そこからわざと、発音しにくいドジソンという名を“ドードー”と渾名にしてしまったのだ。
 兄妹が椅子に座ってパンを頬張り始めると、ハンスはチャールズと白雪姫、それからカイとゲルダにも紅茶を淹れる。

ハンス

すっかりカイとゲルダはチャールズさんに懐いてますね

チャールズ

元々、子供には好かれるんです。先生をやっているのもあるからでしょうね

 チャールズの登場によって和やかになった空間。作家が4人と童話が3人。不思議なティータイムは続いている。

第一話 ③ 白雪姫は王子を探す

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