『返してもらう』
玻璃さんのその台詞は、一瞬、水晶のことを指しているのだと思った。
その場面において、そうだと判断できる物体が、水晶しか無かったからだ。
水晶。
親父が買った、幸せになる水晶。
しかし。
玻璃さんの目線は、もう水晶を見ていなかった。
その目は、僕……否、僕の後ろの、縫姫ちゃんに向けられていた。
……返してもらう……って、どういう、ことだよ……玻璃さん
『返してもらう』
玻璃さんのその台詞は、一瞬、水晶のことを指しているのだと思った。
その場面において、そうだと判断できる物体が、水晶しか無かったからだ。
水晶。
親父が買った、幸せになる水晶。
しかし。
玻璃さんの目線は、もう水晶を見ていなかった。
その目は、僕……否、僕の後ろの、縫姫ちゃんに向けられていた。
香田君は、動かないで。
友達は、傷つけたくない、から
おいおい! 待てよ!
どういうことだ!?
だから、『私』を、返してもらう
言いながら、玻璃さんは右手と左手、それぞれにダーツを構え――放つ!
(ジャイロジャストジャスパー)
『不敵の均衡』!
二本の矢は、ほんの僅かな時間差をつけ、
一点の迷いも感じさせないくらい、
まっすぐと、縫姫ちゃんに向かう。
あわわ
口数の少ない玻璃さんの説明は全く理解できなかった。
しかし分かることは一つ。
玻璃さんは縫姫ちゃんに、あのダーツをぶち込もうとしているのだ。
そんなことをすれば、当然死んでしまうだろう。
それはダメだ。
それはいけない。
なぜなら――
縫姫ちゃんは僕の妹だからな
僕は身体を回転させ、学生服をひるがえし、飛ばされた二つのダーツを絡め落とす!
……すごいテクニック
こういうのはいつも妄想してるからな
実は背中にちょっとだけ刺さって痛かったが、大丈夫なふりをした。
けど、邪魔しないで
再び玻璃さんは、ダーツを手に構える。
玻璃さんの手には、残り二つの矢。
それが放たれる直前に、僕は縫姫ちゃんに向かって走り出した。
わ、わ、ケンスケ君、どうなってんの
なんか分からんけど、貸してくれ!
僕が言うのと同時に、玻璃さんは再びダーツを放った。
それを僕は、縫姫ちゃんから洗濯物を奪い取り――闘牛士のように振り回してダーツを絡め取る!
……もう、邪魔するなら、帰って
ここ僕の家だよ!
しかし何にせよ、玻璃さんが持っているダーツは全てかわすことができた。
だが、一体どういうつもりなのだろう。
いきなり縫姫ちゃんを攻撃しようと……しかもダーツで……
と、そこで、僕は気づく
……あ、れ?
壁に突き刺さっていたダーツ、それに僕が振り落して床に転がっていたはずのダーツが、消えていた。
壁に至っては、そこに刺さっていた痕跡すら、見受けられなかった。
次は、邪魔しないで
そういう玻璃さんの手元には、
再びダーツが握られていた。
玻璃さん……ダーツ、どれだけ持ってるの?
全てを貫く不屈の意志。
(ジャイロジャストジャスパー)
『不敵の均衡』は、
私が意思を折らない限り、それを貫くまで、存在し続ける
何を言ってるのかさっぱり分からなかったが、しかし玻璃さんが縫姫ちゃんへの攻撃を諦めそうにないことだけはハッキリした。
どうする?
僕はどうしたらいい?
玻璃さんは意外と口よりも手が出るタイプのようだ。
ならば、ならば――?
縫姫ちゃん!
な、なんや!
逃げるぞ!
言って、僕は縫姫ちゃんを御姫様抱っこし、リビングへと駆け抜ける。
しかしリビングへ逃げ込んだところで、逃げ道なんて無い。
ケンスケ君、あの子なんやの。
私めっちゃ睨まれてたんやけど
僕も知らないよ。
縫姫ちゃんは、玻璃さん……あの子のこと知らないのか?
うーん、知らん。
忘れとるだけかもしれんけど……・
そうなのだ。
縫姫ちゃんは、記憶喪失……。
ならば、やはり、玻璃さんに聞くしか――
返して……
私を……
返して……私を
かえして
……私を……返して
返して
……かえして
あああああああああ!!!
なんかめっちゃ怖いー!!!!
思わず僕は、リビングの窓を開け、縫姫ちゃんを抱いたまま庭へと飛び出す!
ぎゃりり、と足の裏が砂利で刺激される。
にょほお~ん!
だ、大丈夫かケンスケ君
だいじょうぶうん
足裏の刺激が強すぎてまともに歩けない。
が、しかし僕はそれに耐えつつ砂利を踏みしめる。
とにかく玻璃さんから離れなくては……
……ガラスの奥の宝石箱、
(ルビィループルービック)
『緋色の暗礁』。
んがぁ!?
おわぁ!
そこで僕の足は、がくん、と動かなくなった。
足だけではない。
腕も、動かない。
足つぼを刺激されたからではない、もっとなにか、べつの……。
僕は辛うじて動かせる首だけを、玻璃さんに向ける。
(ルビィループルービック)
『緋色の暗礁』は、人を停止させる
じゃり
じゃり
と、玻璃さんが近づいてくる。
うわあヤバいヤバい、縫姫ちゃん、早く降りて逃げるんだよ!
あかん、私も動けんのや
じゃり
じゃり
じゃあ、返してもらう
言って、玻璃さんは両手に、ダーツを構えた。