◆ 真実までの一週間

ファンテミオン

じゃあ主様はガーネットに捕らえられているって事?

エンリケ

そうなる

ファンテミオン

そしてガーネットは魔女でありヴァンパイアだって事だよね?

エンリケ

そうだな

 ファンテは難しい顔をして俺を見つめた。

ファンテミオン

やっぱりここを出て姿を隠そう。美晴の事もあるし、ガーネットは危険だよ

エンリケ

そうなるか、やっぱり?

ファンテミオン

当然じゃない

 ファンテはふんと鼻を鳴らした。
 彼女の表情は固く、俺を庇護する者の顔になっている。使い魔として生を受けた時に、爺さんから命じられた『何があってもエンリケを守れ』という命令を、忠実に守ろうとしてくれているんだろう。彼女は奔放だが、主の命令には絶対に背かない。事実、俺は今まで何度もファンテに助けられてきた。心強い相棒だ。

エンリケ

俺、ちょっと考えたんだけどさ。あえてここに残って、ガーネットの様子をもう少し見てみないか? それと美晴の件は、証拠はそんなに残してないはずだから、すぐに俺が犯人だと特定されるとは思えない。知らぬ存ぜぬで通せないかな?

 俺の提案に、ファンテは眉尻を釣り上げる。

ファンテミオン

あんたまだそんな甘っちょろい事、言うつもりなの? 今の世の中、あたしたちみたいな人間でないモノが大手を振って歩ける世の中じゃないんだよ

エンリケ

だけどガーネットの話をもっと詳しく聞けば、あるいはお互い譲歩しあえれば、爺さんを返してもらえるかもしれないじゃないか

ファンテミオン

あんたの話を聞く限り、ガーネットはそんな甘い奴じゃないと思うけどね

 意見を曲げないファンテ。俺の事を思って言ってくれてるのは分かるんだけど、俺は俺で考えた事だってあるんだ。

エンリケ

待ってくれ。頼むから桐原に会わせてくれ。桐原には全部言いたい

ファンテミオン

余計に今の立場悪くしてどうすんのよ!

エンリケ

いくらいがみ合ってたからって、桐原から美晴を奪ったのは俺だ。全部懺悔する。それから桐原の中から俺の記憶を全部消す。俺にそれくらいのケジメはつけさせてくれ

 そうだ。懺悔だ。桐原に懺悔してから、俺たちの事を忘れてもらえばいい。自己満足ではあるが、これが一番いい方法のような気がしてきた。

エンリケ

とにかくあと一週間だけでもこの町に留まらせてくれないか?

ファンテミオン

その期限の意味は?

エンリケ

一週間あれば事態は変わる。逃げなくてもよくなるかもしれない

 顎に手を当てて考え込んでいたファンテは、ふうと吐息を漏らした。

ファンテミオン

負けた。じゃああと一週間だけ様子を見る。でもできるだけ動かないように、隠れておとなしく過ごすこと

エンリケ

ありがとう、ファンテ

 俺はホッとして胸を撫で下ろした。
 あと一週間でガーネットの話をもっと聞き出し、そして桐原に事情を理解してもらわないとけない。俺は桐原に絶対許してはもらえない事をしてしまったんだ。正体がバレても構わないから、事情を説明しなければならない。桐原には事実を知る権利があるんだ。美晴の姉として。
 俺はファンテの部屋を去り、自分の部屋へと戻ろうとした。だが不意にまた吐き気を催し、トイレへと駆け込んだ。
 ダメだ。俺は完全に致死量の血を吸血していたらしい。美晴、本当にすまない。

 翌日、桐原は学校へと来ていなかった。当然か。美晴の葬儀や、事故か事件かの捜査で家に引き止められているに違いない。
 学校が終わってから彼女の家へ行こうかとも思ったんだが、ファンテにあまり派手に動くなと言われていたので、俺は今日はおとなしく棲家に帰った。まだこの町を去るまで六日ある。六日あれば、桐原だって学校へ出てくる日もあるだろう。どうしても会えなさそ言うなら、申し訳ないが呼び出せばいい。
 今頃桐原は、どういう心境でいるんだろう? 突然妹を失って嘆いているのか? 恐れていた美晴が死んでホッとしているのか? 俺には分からない。
 少なくとも桐原は冷淡ではない優しい奴だから、美晴の死をあざ笑っているはずはない。するとやはり悲しんでいるという事になる。
 桐原を傷付けたくなかったのに……。

 棲家へ帰るなり、じいさんとばあさんが揃って俺のところへやってきた。

じいさん

エンや。お前さんの学校の女の子が通り魔に襲われたんじゃってな?

ばあさん

フミちゃん一人じゃ危険だわ。エン君一緒に帰ってやりなさいな

 どうやら学校から連絡が回ってきているらしい。
 美晴の件は、どうやら通り魔のしわざという事で、警察は捜査に乗り出しているようだ。そりゃそうか。ヴァンパイアなんて時代錯誤で非現実的な者がいまだ存在するなんて、警察が知るはずもない。故郷の仲間たちだって、騒ぎにならないように、迷い込んできた行方不明者を分けあって吸血して追求を逃れているんだから。

エンリケ

姉さんはまだ帰ってないの? じゃあ迎えに行くけど、すれちがいになるかもしれないよ?

じいさん

それでもエンは男の子じゃろう。フミちゃんを守ってやりなさい

 本当は俺がファンテに守られているんだけどな。
 内心苦笑しながら、俺は鞄を置いて玄関を出た。じいさんとばあさんの言うとおり、ファンテを迎えにいくつもりだ。ついでに町の様子を見ておきたい。
 普段はそんなに大きな事件の起こらないのどかな町だ。それが通り魔が殺人を犯すという大事件が起きた。町は朝からざわついていた。
 事件の犯人は俺だが、その事はまだ誰にも知られていない。知っているのはファンテとガーネットという、人ならざる者だけ。人間の警察が、どこまで俺たちに迫れるか、ある意味見ものだと言ってもいい。
 そう考えはしているが、人間をからかっている訳ではない。美晴には心から悪いと思っているし、桐原には顔向けできないし、俺だって充分苦しんでいる。
 ファンテを迎えに行く学校までの道すがら、俺は沈みゆく太陽に、ガーネットの胸の宝石に囚われていた爺さんの姿を思い出した。

 爺さんは何を思って、人間の女なんかと契ったのだろう? あの男か女かも分からない風貌のガーネットを見初めでもしたのだろうか?
 そういえばガーネットは俺とよく似たアッシュグレイの髪色だ。確かブレスレットのあの少女もそうだった。あの少女=ガーネットは爺さんの好みだったんだろうか?
 爺さん……必ずガーネットの胸の宝石の中から助け出すから、もう少し待っていてくれ。
 心に固く誓いながら、俺は歩を速めた。

真実までの一週間(前)

facebook twitter
pagetop