私はミカエラ＝フォーミュラ。歳は十一。
フォーミュラ家の次女で、兄が三人いる。
私の遊び相手をよくしてくれたのは三男のアベルお兄ちゃんだ。というか、お兄ちゃんという愛称は彼に対してだけで、ほかの二人は兄様。だから私の中ではお兄ちゃんは一人だ。
外に行きたいと言えば外に連れて行ってくれたし、本が読みたいと言ったら読み聞かせてくれた。
魔法に興味を持ったのもお兄ちゃんが読み聞かせてくれた女賢者様に憧れたからだし、文字の書き方を教えてくれたのもお兄ちゃんだった。

お兄ちゃんは頭がよかった。でも不器用だからいっつも無愛想で、お父様もお母様もあんまりお兄ちゃんは好きじゃなかったみたい。
魔法を使えないと分かった時から、お父様はお兄ちゃんにさらに冷たくなった。
魔法が使えると分かった時から、お父様は私にとても甘くなった。
それが私が九歳の時。お父様にいい加減にして！と言おうとしたら必死になって止められた。なんだか大人みたいな口調で言いくるめられて、一晩中泣いたことを覚えている。それをお兄ちゃんがずっと宥めてくれていたことも。

お兄ちゃんはそれ以来家に居づらくなったのか、家庭教師が来る時と食事の時以外は外に出かけるようになった。
ちなみに家庭教師の人はお兄ちゃんをよく褒めていたけど、お父様は魔法が使えないからと言ってずっと無能扱いしてた。このころからだったかな、大人が苦手になっていったのは。
それでちょうど三年前くらいの時にお兄ちゃんは森に狩りに行き始めた。
何度か一緒に連れて行ってもらったこともあるのだけれど、とても不気味な森だ。
暗にもう行かないでくれと何回もせがんだが、お兄ちゃんは頑としてお話を聞いてくれなかった。
でも、狩りの獲物を売ったお金で私にプレゼントをしてくれた。
小さな、ルビーのネックレス。みすぼらしくてごめん、なんて謝って来たけど、私はとても嬉しかった。ずっとお守り代わりに着けている。

それ以来はなんだか止めようにも止まれなくなってしまっていた。
でも帰ってくるという約束を違えることは、決してなかった。

そんなお兄ちゃんが、帰ってこない。

陽はすっかり暮れて、夕食はすっかり冷めてしまった。今日も一緒に食べようと思っていたのに…

ふと、不安に襲われた。お兄ちゃんがこんなに遅くまで帰ってこなかったことなど、一度もなかったのだ。

考えられない。お兄ちゃんだけだ。この家で、私をわかってくれる人は。着飾らない私を認めてくれる人は。
だから、外套を羽織って、こっそりと外に出た。

季節は秋だ。日中はまだまだ暖かいとはいえ、夜は中々に肌寒い。
いくらか欠けた月の下を歩く。
そういえば。お兄ちゃんは何か困ることがあった時、よく『ケセラセラ』と言っていた。変な笑い声、って言ったら遠い国の言葉で『何とかなる』って意味だよって教えられたっけ。
そう。ケセラセラだ。お兄ちゃんが帰ってこないはずがない。

そして森の入り口にたどり着いた時だった。

常人離れした、美しさ。女の私でも見とれてしまうような…そんな女の人が森の中から出てきた。
正直、疑わしくてならない。
森の中にはエルフと呼ばれる、容姿端麗な種族が住むでいるものがあるが、ここの森ではそんな話を聞いたこともない。
その女の人はまるで最初からそれが目的だったかのように私の方へ近づいてきた。

なぜ、名前を知ってるんだろう？初対面なのに？

どくん、と。心臓が大きく胸打った。
嫌な動悸に、手のひらにジワリとした汗をかく。

ガクンと、膝から力が抜けた。目の前が真っ暗になる。

どうでもいい！信じられない！お兄ちゃんが死ぬだなんて！嘘だ！
でも、次にその女差し出したもので、私は認めざるを得なかった。
お兄ちゃんの、愛用していた弓。
無残にも半ばで折れており、血にまみれたそれは、まるでお兄ちゃん自身の、無残な最期のようで…

すぅっと目の前が暗くなって、地面が近づいてきた。
そっと、誰かが私を抱える。
その人は確かに、すまないと、そう言っていた気がする…