◆ 美雨と美晴

 植物園から帰る途中でファンテと出会った。そこで桐原とは別れ、俺はファンテに植物園であった事を話す。もちろんガーネットの事もだ。

ファンテミオン

ヴァンパイアがいるの、この町に?

エンリケ

自称ヴァンパイアだが、多分本物だと思う。ただ不思議なのは、奴はこの日中に屋外に出ても平気な面をしていたんだ

 ファンテは考え込み、そしてフンフンと鼻を鳴らした。

ファンテミオン

エンリケと同じって事? あたしにはやっぱり主様のにおいとか、他のヴァンパイアのにおいは感じられないよ

エンリケ

ファンテには分からない、か……

 これまでのように、危機に直面してからファンテを呼んでいては間に合わない。かといっていつでもファンテと一緒に行動するというのも、人間のふりをして学校へ通っている現状では難しいだろう。さて、どうするか。
 俺がヴァンパイアの魔法を自由に使えれば、多少の問題解決にはなるんだが、それも俺の体質じゃ、ままならない。このヴァンパイアらしからぬ虚弱な体質が恨めしい。
 そういえば俺、少しだけ魔法を使ったんだ。明日は学校だが、寝込んだりしないだろうか? 今は何ともな……い……?
 そう思った矢先、酷い頭痛が俺を襲った。同時に来る吐き気。反動が今頃来たのか!
 倒れそうになった俺はファンテに抱えられ、ズルズルと彼女に身を委ねる。

ファンテミオン

エンリケ、大丈夫?

エンリケ

……いや、無理……

 目は廻り、自力で立つ事もできない。ファンテにすがって、俺はなんとか意識だけを取り留める。
 その時、背後から誰かが駆けてくる音が聞こえた。振り返ると桐原がいる。

美雨

ダミルア君! 大丈夫なの? さっき無理をしたから?

エンリケ

桐原……へ、平気だよ。ちょっとめまいがしただけだから

 思わず強がってしまう。だがそれは逆効果で、桐原はファンテとは逆方法の俺の腕を自分の肩に回した。

美雨

わたしのせいでごめんね

エンリケ

桐原のせいじゃない

ファンテミオン

ええっと、キリハラさん。エンリケを家まで運びたいから、あなたは帰ってくれる?

 ファンテが桐原を追い払おうとする。

美雨

手伝います

ファンテミオン

だーかーら! あたし一人で大丈夫だって。あなたはさっさと帰りなさい

美雨

でも……

ファンテミオン

あたし一人の方が運びやすいの

 ファンテはピシャリと言い放ち、桐原を追い払う姿勢だ。

エンリケ

桐原。ファンテ……姉さんはこう見えて力が強いんだ。姉さんを頼れば俺は平気だから、桐原は安心して帰って大丈夫だよ

 俺の言葉に桐原は戸惑いながら、腕を離した。

美雨

あの……無理しないでね。また元気な顔見せてね

エンリケ

桐原、今日はごめんな。俺から誘ったのに

美雨

いいの

 桐原は何度も振り返りながら帰っていった。ファンテがやれやれとため息を吐く。

ファンテミオン

エンリケ。相当深入りしてるね、あの子に。人間にあんまり変な感情抱くんじゃないって言ったのに

エンリケ

桐原は特別なんだ。もし何かあれば……記憶を消せばいい

ファンテミオン

あんたに言われなくてもそうするつもりだよ

 俺はファンテに抱えられながら、家路へとついた。

 翌日の月曜。俺は学校を休むまでに衰弱していた。嫌な予感はしてたんだ。最近、魔法を使った後の反動が強すぎる。俺の体がますます持たなくなっているという事だろうか?
 これじゃいつかまたガーネットと遭遇した時に対峙できないじゃないか。何度も繰り返すが、いつもいつでも、使い魔であるファンテといる事はできないんだ。
 俺は目を覚ましてから、はぁと何度もため息を吐いていた。
 ガーネット。俺を生かしたいと言ったり、殺したいと言ったり、言動がフラフラとした自称ヴァンパイア。一体何者なんだろう?
 殺すと言った割には敵意を感じなくて、少々荒っぽい遊びをしているような印象だった。生かすと言った時は、俺の体調を気にかけ、魔法を強引に中断させてきた。じっくり話し合えば、俺たちの事も奴の意図も分かり合えるような気もしないではない。
 味方になるという前提で話を進めるなら、爺さんを捜す上で、奴にも協力を仰ぐべきじゃないだろうか? いや、爺さんの事は俺とファンテの問題だ。他人を介入させるべきじゃない。
 でも居場所のヒントくらいもらえないだろうか? 奴はこの町にずっといたらしいから、この町の裏事情を知っているかもしれない。

 動けない分、いろいろ頭を悩ませていたその夜だ。少し遅い時間に、俺宛てに電話が掛かってきた。
 取り次いでくれたじいさんは『こんな遅い時間に電話を掛けてくるなんて、しつけのなってない子だ』と、さんざん文句を言っていたが。

エンリケ

はい、エンリケです

 俺が電話に出ると、受話器の向こうの相手は小さく息を飲んだ。そして遠慮気味な声で語りかけてくる。

今日、休んでたけど、もう起きて大丈夫?

 桐原だ!
 俺の心臓が高鳴る。

エンリケ

桐原、心配させてごめん。俺はもう何とも無いから

そう。携帯の番号分からなかったから、家に掛けちゃったけど、迷惑じゃなかった?

エンリケ

じいさんがちょっと怒ってたけど、大丈夫だよ。それに俺は携帯を持ってないし

 受話器の向こうで小さく笑う声がした。携帯を持たない高校生というのは、そんなに珍しいものなんだろうか?

エンリケ

それより何か俺に用事?

あ、うん

 桐原はかなり戸惑っているらしい。歯切れの悪い言葉を口にしては、何度も言い淀んでいる。

あ、あのね。相談したい事があるんだけど……明日の放課後、付き合ってもらっていい?

エンリケ

俺に?

うん。嫌?

 桐原の胸の高鳴りが聞こえてきそうだ。この一言を言うのに随分勇気を振り絞ったと分かる声音だった。

エンリケ

俺でいいなら聞くよ。じゃあ放課後、どこで待ってればいい?

あ、うん! じゃあ……ええと、屋上でどうかな?

エンリケ

いいよ。授業が終わったら待ってる

 快諾すると、はぁと胸を撫で下ろすかのような、安心のため息が聞こえた。桐原らしいな。ちょっとの事で緊張しちゃうなんて。

ありがとう。それじゃあ明日。おやすみ

エンリケ

おやすみ、桐原

 俺は受話器を置き、小さくガッツポーズを決めた。桐原が俺を頼ってくれるなんて!
 今まで俺は誰かに頼られるといった事がまるでなかった。当然だ。故郷では出来損ない扱いだったんだから。
 爺さんとファンテの庇護を一身に受け、仲間の目から隠れながら過ごしてきたんだ。そんな俺を頼りにする奴なんて、一人だっていなかった。
 俺は小躍りしたい気分で自室へ戻り、布団へ潜り込んだ。早く明日にならないかと、まるで子供のように胸をときめかせていた。

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