◆ 町の灯りに紛れて
◆ 町の灯りに紛れて
ファンテ! しばらくこの町に留まろう!
俺は大鳥の姿をした相棒に声を掛けた。
ええっ!? こんな小さい町に?
大鳥の相棒は徐々に高度を落としながら、人の気配のない場所を探しに入る。
僅かだけど〝におい〟がある。何か爺さんの行方のヒントが転がってるかもしれない
エンリケの勘はよく当たるからね。信じるよ。あ、降りるからしっかり掴まって
大鳥の相棒・ファンテミオン。通称ファンテは、古い神社の境内に降り立った。俺を無事に地上へ下ろすと、大鳥の姿から人の姿へと変わる。ファンテの変化の魔法だ。
あたしには何も感じないけどねぇ
ファンテはあんまり感覚が鋭くないからだよ。確かにこの町に爺さんの〝におい〟は残ってる
俺は断言した。
俺はエンリケ・ダミルア。ヴァンパイアだ。ヴァンパイアと言っても、ちょっと普通のヴァンパイアとは違う。陽の光を浴びても平気だし、十字架やニンニクなんかも効かない。ちょっと苦手だなって思う程度で、ヴァンパイアとしては頑丈にできているらしい。
そして相棒はファンテミオン。通称はファンテ。俺の爺さんの使い魔で、今は俺の手足となって活動してくれている。変化の魔法以外にもいろいろと器用にこなす、頼もしい相棒だ。
俺とファンテは、遠い遠いヴァンパイアたちが暮らす故郷の村で、爺さんと三人で暮らしていたんだが、ある日突然、爺さんが行方を眩ませた。元々ヒョロリといなくなる事も多かったが、何日も家を空ける事はなかった。なのに二ヶ月も帰ってこない事に不安を抱き、俺とファンテは爺さん探しの旅に出た。
そして今日、この日本という島国で爺さんの魔力の〝におい〟とも言うべきものを感じ取ったのだった。
じゃあエンリケ。あたしは拠点にする棲家を探してくる。エンリケはここにいてよ?
ああ、頼む
ファンテはサッと音もなく立ち去った。
さて、俺はどうしていようか?
俺がファンテに何もかも任せているのには理由がある。俺はヴァンパイアとしては頑丈だと先に説明したが、中身はかなりの問題が山積みなんだ。
まずヴァンパイアとして真っ先にあげられる吸血行為ができない。なので食事は基本植物、つまりサラダのみ。多くのヴァンパイアは吸血行為ができない場合、主食となるのは植物で、ベジタリアンなんだ。この点は俺も同じだ。
それから、魔法があまり得意じゃない。ファンテのように变化の魔法も使えないし、チャームの魔法も効きはイマイチ。風を操る攻撃用の魔法もあるが、やはり効果はイマイチ。魔法が使えないという事実。これらはヴァンパイアとして致命的なんだ。
だから俺は故郷では身を小さくして過ごしていた。いつもいつも、爺さんやファンテの影に隠れるようにして過ごしてきた。仲間たちの視線から逃げていたんだ。
だって俺の力でどうにかなる問題じゃない。生まれつきそういった体質を、どうやって改善すればいいやら、分からないじゃないか! 俺だって、爺さんの跡目を立派に継ぎたいと思ってるし、努力もしているんだから!
俺は嘆息し、境内と道路とを繋ぐ石段に座ってぼんやりと町の様子を眺めた。
ここ日本も、他の諸外国も、現代の人間の暮らす場所は明るい。夜でさえ煌々と灯りがともり、昼間以上の明るさを湛えている場所さえある。騒々しく、眩しく、賑やかでうるさい。だけど故郷とは違う意味で、冷たく寒々しい冷淡な場所だ。
隣人や他人に興味を抱かない、無情な場所だと思う。なのに人一人死んだら大騒ぎになる。テレビとかいう映像を瞬時に伝える機械でニュースとやらを大々的に流し、大勢が騒ぎ、そしてすぐに関心を失う。冷徹な人間が増えたんだと、俺は感じるんだ。
昔はこうじゃなかった。
夜は暗かったし、他人との交流ももっとあった。ヴァンパイアが血を求めて町にやってきて誰かの命を奪っても、現在ほど大々的なニュースにはならなかった。ニュースにはならなかったが、話題にはなった。悪魔の呪いだの、流行り病だのと、いつまでもいつまでも他人の死を話題に人間たちは騒いでいた。そして怯えていた。
それが今では一時の話題にした後は知らんぷりだ。なんて冷たい態度だろうか。
どうしてここまで人間たちは変わってしまったのだろう? 仲間のヴァンパイアたちも行動しづらくなり、今では吸血行為が必要な時は、故郷の近くに迷い込んできた奴を仲間たち総出で血を分け合う始末だ。だが一度吸血したら、一、二ヶ月は次の吸血をしなくても大丈夫だから、植物だけを食う仲間も多い。血はヴァンパイアが生きるために必須というものではないんだ。ただ体が時折、無性に欲するだけのものだった。
明るい町の灯りを眺め、俺はファンテの帰りをじっと待つ。
そんな俺の眼前が、ふいに真っ暗になった。
真っ暗になったと思ったのは、ただ視界が遮られただけだったようだ。長い黒いマントを翻した者が、俺のすぐ傍に舞い降りた。
こんばんは
だ、誰だ?
思わず声が震える。俺は一人で何もできないから。ファンテがいないと、何もできない出来損ないだから。
よい夜ですね。月は雲に隠れ、星も瞬かない。眩しい町の灯りにはうんざりしますが、我々の体に影響のない灯りです
なんだ、こいつは?
男か女かも分からないトーンの声に、少々慇懃なほどの言葉遣い。引きずるほどの長い黒いマントで身を包み、俺にフフと笑いかけている。敵意は……感じない。
あんたは誰だ?
誰? 私の事を聞いてるのです?
奴は俺に向き直り、片手を胸元に添えて丁寧にお辞儀した。
改めてこんばんは。通りすがりのヴァンパイアです。お仲間ですね
なっ
俺の見た目は人間と大差ない。牙も無いし、肌だって少々色白なくらいで、人間と見分けは付かないはずだった。なのにこいつは自分をヴァンパイアだと名乗り、俺の正体も見破った。
しかし同族ならそういう事もあり得るのか? 俺は故郷以外で同族に出会った事がないから知らなかっただけで。
そういえば俺は爺さんの〝におい〟を嗅ぎ分けられる。奴もそういった事に鼻が利くんだろうか?
奴は俺と同じ、アッシュグレイの髪先をマントの中に隠し、真っ赤な血の色をした目と真っ白な肌をしていた。典型的なヴァンパイアの風貌だった。
獲物を探してるのか?
いえ。少々人探しを
奴が笑うと、ヴァンパイアらしい牙が覗き見えた。
少々厄介な人探しでしたが、どうやら苦労は報われそうです
そうか。良かったな
ええ。とても
奴は再び町の灯りを眺望する。
あなたにはまたいずれお会いするでしょう。では
そう一方的に言い残し、奴は夜空に舞って消えた。
同族のヴァンパイアと、故郷からこんな遠くで出会うとは思わなかった。しかもあんなひと目で怪しいとわかる格好をした奴だなんて。
人間に見つかったら、どう言い訳するつもりなのだろう?
また会うとか言っていたが、俺は正直会いたくない。これも俺の勘だが、あいつには必要以上に関わってはいけないような気がするんだ。それくらい、危機的なものを感じた。
俺はまだ戻ってこないファンテの姿を乞うように、早く戻ってきてくれと何度も心の中で呟いた。一人が心細くなっていたんだ。
故郷では俺は出来損ないと蔑まされていたから、同族であるさっきの奴に心が怯えてしまったんだ。
我ながら情けないと思う。でもずっと仲間の目に怯えて暮らしてきた俺に染み付いた性分だったんだ。すぐに治せと言われて治るものじゃない。
ファンテ、早く戻ってきてくれ。