◆ 序章

 雨と花と森は、噎せ返るほど濃厚なにおいを放つ。そして冷たい死のにおいも。
生物を生み、そして殺す、無情で冷たく降りしきる雨。

 彼は一人、森の中をさまよっていた。大好きな祖父と、祖父が可愛がる娘を見失って。大声で泣き出したいが、涙は流したそばから雨に洗い流される。だから懸命に足を動かして前へと進んでいた。
 その方角が正しいかなど分からない。
 だが信じて進むしか、我が身が助かる術はなかった。

 どれほど進んだだろうか。彼は疲れ果て、大木の根本に座り込んでいた。全身を打つ雨は止んでいない。冷たい雨の音だけが、しとしとと耳朶(じだ)に響いていた。
 いつしかぼんやり夢現(ゆめうつつ)となっていた。そして微かなぬくもりに包まれていた。
 望んでいたぬくもりだった。
 すべて諦めた時、それは手に入ったのかもしれない。そしてぼんやりした目の前には、キラキラと輝く銀色の花をあしらったブレスレットが輝いていた。

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