#6 ココ

ココ

どうか私を、食べてくださいです

ミュゼ

へ?

 影の群れに追われる一件の後、ミュゼはココに言われるがままに歩き続けていた。
 最後の食べ物についての説明がないまま、元来た道をただひたすら歩み。
 腹が減ってきた、そろそろ飯食って野宿しよう……そうミュゼがこぼした時に、ようやくココは最後の一品を明かしたのだった。

ココ

私はこの世界の案内役です

ココ

でも、案内役であると同時に、
私も食べられるために作られているんです

ココ

私、食べて貰えたみんなが羨ましかった

 苦しそうに告げ、目を伏せる。
 ミュゼはその様子を真っ向から見つめていた。

ミュゼ

……あたしでいいの?

ココ

ミュゼさんがいいんです!
私、出会うまでは諦めてたのですよ。
私も誰にも口を付けられないまま腐って消えてゆくんだろうなって

ココ

この世界を作って、
美味しいもので満たせと言った創造主様は、
ついに戻ってきてくれませんでしたから

ミュゼ

…………

ココ

ここ数日は……いや、ミュゼさんが
いなかった一日以外は、
今までに無かったぐらい楽しかったのですよ

ココ

だって本当に美味しそうに
ご飯食べるじゃないですか

ミュゼ

まぁねー、そういうもんじゃん。
美味しいときって顔に出るじゃん

ココ

ふふふ

ミュゼ

へへへ

 二人は見つめ合い、花のように笑った。
 そしてココがずいと歩み寄り、ミュゼの手をそっと握る。

ココ

今の私は、誰よりもミュゼさんに食べられたいんです。
誰かの代わりじゃない……ミュゼさんだけがいい

 言葉にした決意は固いものだった。覗いた瞳は爛々と輝いている。

ミュゼ

なんかプロポーズされてるみたいで
照れくさいな

ココ

嫌……ですか?

ミュゼ

嫌な訳ないじゃん、
ちょっとこっ恥ずかしかっただけ!

ミュゼ

あと、話ができるのもこれで最後、
って思うとやっぱり寂しくてさ

 共に歩き回った一週間の記憶が脳裏に蘇る。
 無意識のうちに俯いてしまったミュゼの顔を覗くように、ココは彼女に詰め寄り、抱きついた。

ココ

お話はできなくても、
私はミュゼさんの血になって、肉になって、
ずーっと一緒にいますですよ!

ココ

だからそんな顔をしないでくださいです

ココ

どうかいつものように、おててをあてて、
笑顔で、ご飯の前の挨拶を

ミュゼ

ん、そうだね

 言い包められ、ミュゼは立ち食いも何だからと付け足して、その辺りの石に腰掛けた。
 ココは彼女の口元にそっと手を差し出す。

ミュゼ

ホントに大丈夫?痛くないわけ?

ココ

ご心配なくです!

 自信に満ちた口ぶりで言い切る少女の姿に安堵を覚えつつ、不思議な晩餐会のゲストは自らの胸に片手を当てた。

ミュゼ

いただきます!

 そしてココの華奢な手を取ると、一思いにその指に噛り付いた。
 指は硬い芯が折れる感触を伴って千切れるが、主が苦しむ様子はない。

ミュゼ

……すっげぇ甘い!!

ココ

くすぐったいのですー

 マジパンのような食感の甘いものが、噛むとごりごりと音を立てるラムネを包んでいる。指先に存在する爪は飴の味がした。
 ココは心底嬉しそうな顔で、自らの体が欠けてゆく様子を見つめていた。

ココ

…………

ミュゼ

耳は硬いグミみたいだ

ココ

…………

 体を齧られているうちに、ココはだんだんと眠そうな顔になってゆく。
 ふわぁ、と最後に一度あくびをして、そのまま目を閉じ動かなくなった。

ミュゼ

ココ……?

 人そのものの質感を持っていた肌が、魔法が解けたようにただの練り菓子へと姿を変えてゆく。
 作りの精細さを失った顔は、それでも安らかな、満ち足りた表情を浮かべていた。

ミュゼ

……という訳だったのさ

 話を終えた彼女は、冷めた茶をぐいと飲み干すと、手にしていたクリーム色の菓子をまた頬張った。
 言われてみれば人の肌と似ているように思える。これが彼女が語っていた少女の残骸なのだろうか。
 ひたと見つめていると、彼女はその塊を半ばからもぎ取り、差し出してきた。

ミュゼ

齧ってみる?

ミュゼ

メシはみんなで食ったほうが美味い、
って教えてやりたくてさ

ミュゼ

もう伝わらないとは思うけど、なんとなくね

 そう告げて悲しそうに笑う。
 彼女の意思を汲み、不思議な塊に齧りつくと、口いっぱいに甘さとナッツの味わいが広がった。
 美味しい、と伝えると、彼女は思うところがあったのか、遠くを見てまたぽつりぽつりと語りだした。

ミュゼ

後でさ、ツテで腐っていない新鮮な
『食用世界』を味見させて貰うことになっちゃって

ミュゼ

記事としてはたぶんそっちが採用される

 彼女は記者である。 異なる世界や国を渡り歩き、各地で珍しい食べ物を味わってはその内容を記事として纏めている。どの体験を本に載せるかは、彼女の上司によって決められることになっていた。

ミュゼ

……誰かに聞いてほしかったんだ。見捨てられても最後まで足掻いてた奴のこと

ミュゼ

…………

ミュゼ

あー辛気臭い話してごめん!
細かいことはいいやとにかく食ってってよ、
お菓子ならまだ山ほどあるんだ

 空しさを振り払うように笑い、菓子が詰まった透明な袋を差し出す。これは例の機関車の残骸なのだろうか。袋の底には乾燥剤の小袋が沈んでいる。
 試しにとまずは一口。割れたクッキーはバターが効いていて味わい深い。

ミュゼ

あんたに聞いて貰えて良かったよ

 彼女は柔らかく微笑み、窓越しの空を見上げた。
 その横顔にふと、あどけない少女が重なったような気がした。

fin.

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