ゴホッ、ゴホッ

な、なんだぁ!?

その日、惑星アルコの住人たちはとんだ騒ぎに巻き込まれることとなった。

なにせ、はるか上空――大気圏も超えた上空を通過するはずだった宇宙船が、偶然通りかかった星間移動生命体の群れに巻き込まれ、方向を見失って墜落してきたのだから。


落ちた場所が崩壊寸前の無人家屋だったからよかったものの、少し位置が違えば、犠牲者の数は両手の指では足りなかっただろう。

実際には犠牲者は出なかったので、私はホッと胸をなで下ろし――

ねえ、あんたたちって宇宙人!?

すげえ、初めて見た!
サインくれよ!

うちの星はド田舎だからねえ、宇宙ステーションもないんだよ。こりゃ大ニュースだ! 息子も呼んでこなけりゃ。

すぐに、一人くらいつぶしておくべきだったか、と考え直した。

はう…うぇ…

今なんて言ったの!?
宇宙語!?

え、宇宙人ってアルコ語しゃべれないの?

しゃべるわけないだろ。
ねえ、宇宙語もっとしゃべってよ!

う…えと…

ぐいぐい来よる。この人たち、ぐいぐい来よる。

私はぐいぐい来られるのが、というより、人と話すのが苦手なのだ。
だからこの宇宙船でも、いちばん端っこに部屋を借りて、なるべく人と会わないで暮らしてきたというのに――

その部屋の位置があだとなり、シェルターが開くやいなや、好奇心いっぱいの瞳に囲まれることになるとは。

あぅう…っ

宇宙船よ、どうして逆向きに落ちてくれなかった。
マーフィーの法則か。食パンはバター面を下にして落ちるというアレなのか。


――私が神を恨み始めた、そのときだ。

君たち、おしゃべりなら僕としよう。

混乱収まらぬ宇宙船から、ひょい、と音がしそうな気軽さで抜け出してきた影があった。

っ、この人は――

鋼で出来たような金髪に、深い藍色の瞳には、人懐っこい子犬の微笑。
ラニー星出身の、名前は…ダメだ、すごく長いってことだけしか――

パーメントール・ケミック=リスロットレーヤー。僕の名前さ。

この星はアルコというのかい?
お邪魔しちゃって申し訳ない。旅の話でお詫びになるならいくらでも…と言いたいところだけど――

さすがにそれでは済まないからね。
楽しい話はあとで。まずは楽しくない話をしよう。

パーメントールは宇宙船が消し炭にした家屋を振り返り、賠償について話し合いたいから責任者を呼んでくれと、野次馬の一人に頼んだのだった。

…すごい。

完璧な話術だった。
パーメントールは、村の長だというアルコ星人と話し始めて一時間もしないうちに、

事故なら仕方ないですね。
死人も出なかったわけですし、つぶれたのは元より古びた廃屋。解体の手間が省けたというものですよ。
賠償金など不要不要!

という結論をもぎ取っていた。

良かった、助かるよ。宇宙船の修理もしなきゃいけないものでね。

修理にはお金も、時間もかかるでしょう。それまでの住まいはどうします?
うちの村で良ければ、西側に一軒空きがありますよ。

本当かい?

パーメントールは喜んでいるけど、私は浮かれる気になれない。

ここまでトントン拍子だと、裏があるんじゃないかなあ。
提供された場所にほいほい住むなんて、警戒心がなさすぎる。

他の人がどうするかは知らないけど、私はよそに借り家でも探して一人で住みたい。船長にそう伝えておこう。

私は応接間を抜け出した。
元より流されてついてきただけで、会話には参加していなかったのだ。

人気のない廊下でメモ帳を取り出す。

っとと、コレじゃない。
これは日記帳。

話すことは苦手だが、それなら書いて伝えればいいのだ。
幸い船長は話のわかる人で、この連絡手段で困ったことはなかった。

読みやすいよう丁寧に書き、署名まで仕上げた、そのときだ。

ラルさん、ここにいましたか。
探したんですよ。

走り寄ってきた白い姿は、船長その人だった。

船長。

おや、ラルさんのお手紙ですか。

船長は私のメモにじっくり目を注ぎ(どこが目が知らないが)、それから首をひねった(どこからが首か知らないが)。

一人暮らしですか。
難しいんじゃないですかねえ。

……?

というのも、ほら、宇宙船の修理にお金がかかるでしょう?
まことに心苦しいのですが、乗客の皆様に寄付をつのろうと思ってるんですよ。

……!!

私はメモ帳を乱暴にめくって走り書きする。

寄付というのは、強制ですか?

そんなことはないですよ?
そんなことはないですけど…

宇宙船が直ったとき、お金を出した方と一銭も出さなかった方、同じように船に乗せますと言ったら、不満のある方もいらっしゃるでしょうし…

運賃は支払い済みです。
不満はあっても文句は言えないはず。

そりゃそうなんですけど、感情は理屈じゃ済まない所がありますからねえ。
私だってラルさんみたいな境遇の方に大金を要求したくはないんですが、何分非常事態なもので。

一人暮らしする余裕があるなら、その分ご協力いただきたい、というのがまあ、本音ですね。

ぐぬう…

どこのどいつだ。この白犬を「話のわかる人」などと評したお人好しは。

村の西側に空き家があると聞いて、見に行ってみたんですけどね。
大勢で住める広さでしたよ。

船長は言うだけ言ってしまうと、村の長と話すために応接間へと入って行った(前足で器用にノックするのだ)。

私はメモ帳と鉛筆を握りしめ、しばらくその場に突っ立っていた。

早々に財産を奪われるなんて…
それに、全員で同じ家に住む?

最っ悪の漂着だ…!

おっと、小鳥をおどかしてしまったかな。

村長宅の外からは、村を一望できるんだね。西の屋敷というのはあれかな。
あそこにみんなで住むことになるのか。

宇宙船よりは不便だろうけど、その分人と話す機会は増えそう。船じゃ引きこもってる人もいたからな。

ああ、これから楽しくなりそうだ!

 

つづく

はじまりは墜落から

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