翌日。

朝食を食べてから、ラクダの背に揺られること、一時間。
ようやく、オターレド城の姿が遠目に見えてきた。

そこから、またしばらく歩いて、三人はついに廃城に辿り着いたのだった。

わあ~
ここがオターレド城かぁ。

今度こそ、探し物が見つかりゃいいんだが。

ギュンツはいつも、城のどこを探しているの?

手当たり次第だよ。
部屋があればのぞいて、本棚があればあさって、戸棚は全部開いてみるんだ。

私が、城に先客がいないか調べるときと似ているね。

それなら今回は待っていないで、ギュンツも一緒に行こう。
前みたいに、外から盗賊が来るかもしれないから。

ああ、その方がいいよな。
ひと手間で済む。

おもしろそ~。
あたしもついて行くよ!

あっ、ギュンツもジャマシュも、先へ行かないで。
私が先頭に立つってば!

私は二人に遅れまいと、急いで城の入口へ向かった。

んんん~

ねえねえ~
まだ終わらないの~?

城に着いてから、もう何時間も経っちゃってるよ?
お昼の時間もとっくに過ぎたしさ~。

ジャマシュは、そう言って肩を落とした。

もうすぐ終わるよ。
この階段を上り切れば、最上階に着くはずだから。

時間かかりすぎだよぉ。
だいたい、ギュンツの読書の時間が長いんだ。

あんなボロボロの本、立ち読みしたって、面白くもなんともないでしょうに。

面白くて読んでるわけじゃねえっての。
探してる本の外観がわからないから、中見て判断するしかねえんだよ。

本って、何の本探してるわけ。
アイラは知ってる?

知ってたとして、私がペラペラしゃべるわけには行かないよ。

話しても構わねえぜ?
隠してるわけでもなし。

……魔女チバリの『薬術書』。

以前ギュンツが、そうつぶやいてたのを偶然耳にしたけど。

ああ、その本だ。
三百年前、セレナで書かれた魔女の本さ。

魔女…?
って確か、セレナの邪教徒のことだっけ。

そういう認識もある。悪魔と契約し、魔法を使う、神への反逆者…ってな。
だから教会は魔女を見つけ出しては虐殺し、魔女に関する本を燃やして回った。

チバリの『薬術書』も、弟子が書き写したものが何冊かあったと言われるが、すべて燃やされた。
ただ一冊、セレナからファルナに持ち出されたものを除いては…

その幸運な一冊を、ギュンツは探してるってわけか。

でも、魔女だの魔法だの、昔の人の妄想でしょ?
そんなおとぎ話の本を、真剣に探してるなんて…

魔女は実在した。
魔法も実在する。

え?

問題は――
『誰』が魔女と呼ばれたか。
『何』が魔法と呼ばれたか、だ。

それって…
フラマンさんが客に薬を飲ませて、不思議な術のように見せていたのと同じこと?

魔女しか知らない薬があって、それを使って上手く演出すれば、何も知らない人には魔法のように見える…

『誰』が魔女と呼ばれたか…
それは、フラマンさんのような『クスリ使い』。

ご名答。

魔女は、常人にはできない不可能事をいとも簡単にやってのけたという。
ほうきで空を飛んだり、人を獣に変えたり…

だが、それはきっとクスリによる物理現象に生体反応。
そこには神の力も、悪魔の力も働いちゃいない。

やり方さえわかれば、誰にでもできるはず…
オレは、そのやり方を知りたいんだ。

あ…

着いたよ。ここが最上階だね。

鉄格子が並んでるってことは…牢獄か?
城の牢獄なんてもんは、地下にあるんだと思ってたぜ。

数百年も前には、牢獄と言えば城のてっぺんにあるものだったんだよ。

〈虚無の砂漠〉の城郭群が建設されたのは、千年は昔のことだから、最上階が牢獄になってるんだ。

いずれにせよ、犯罪者が本なんて読むわけねえか。
ここは見るだけ無駄かなあ。

そうでもないよ。
城の牢に入れられるような人は、身分の高い人か、政治犯だから。
本を持ち込むこともあったと思う。

なるほど。
それじゃ、見てみる価値はあるわけだな。

先行くぜ、アイラ。これだけの数の小部屋があるとなれば、ちんたらやってるわけには行かねえよ。

っとと…
ちょっと、押しのけて行かないでよ!

って、聞いてないし。
まったく。例の本のこととなると、せわしないんだから…

先に行かせていいの?
アイラが先頭じゃなかったの~?

ここはもう大丈夫だよ。
最上階に来るまで人が侵入した痕跡はなかったから。

それに…

なぁに?
あたしの方をチラチラ見たりして。

二人きりになるときがあったら、話そうと思ってたんだ。
昨日の話の続き。

ん~?
つづきって?

私がどうして、ギュンツの用心棒をするのかって話。

たしかにギュンツは、わがままだし性格が悪いし、おまけに盗人で、あくどいことも平気でやるようなやつだよ。

そうでしょそうでしょ?

でも、性格が悪いって理由だけで、ギュンツを見殺しにするわけには行かない。
依頼人を差別して、途中で見捨てるなんて、できないよ。

だからそれ、つまらない義務感でやってるでしょう?
それが思考停止だって言ってるのよ。

それだけじゃないよ。
ギュンツを守る理由。

私は戦士。戦いを請け負う者だ。
弱い人が強い人に襲われたとき、そこに私の仕事がある。

ギュンツの敵は、ギュンツ一人に対して、大勢をけしかけてる。
たとえ依頼がなくても、それは捨て置けないよ。

ふうん…それが理由?
それだけが?

それと…

これは、戦士として、堂々とは言えない理由なんだけど…

気になるなぁ。
なになに~?

ギュンツは初めての依頼人なんだ。

…………。

えっ。それだけ?

それだけって、何さ…
私にとっては、重要なことだよ。

え~でもでも~

言っちゃ悪いけど…
くだらない理由~。

私、用心棒として独立してから、ずっと依頼がなかったんだ。

うん? それが?

マルジャーンさんは、みんなが私の実力を知らないから、私を雇わないんだって言う。

でもそうじゃない。
私のことを知ってる人も、私を雇いたがらない。

子どもが護衛じゃ盗賊になめられる、標的になりやすくなるから、私を雇わないって人もいたし…

私みたいなガキに守られるのは、格好悪いからイヤだって、はっきり言ってきた人もいたよ。

…………。

でも、ギュンツはそんなこと気にしなかった。

「剣はかなり使えそうだ」って…
その一点だけを見て、雇うと決めてくれたんだ。

ギュンツは、依頼料を値切りもしなかったんだよ。

だから、その…嬉しかったんだ。

嬉しくなった気持ちの分だけ、恩返しと思って…
この依頼だけは、最後まで、しっかりやり通したいんだ。

……わかってくれた?

そうだねえ…

「戦士の仕事」を云々されるより、よっぽどよくわかる理由だよ。
くだらないなんて言ってゴメンね。

アイラ、この仕事をするのが嬉しいんだね。
感情って大事な部分だもんね。感情を理由にされたら、納得するしかないや。

そ、そう?
よかった、わかってくれたなら…

うん。だからね、

とても残念に思うよ、アイラ。

ドンッ

え?

突然私は突き飛ばされて、牢の中に頭から転がりこんでいた。

ジャマシュの手が私の背中を押したのだと、気づくのに数秒かかった。
その数秒のスキに、

ギャーーーン!

悲鳴のような音を立てて、牢の扉が閉じられた。

な…っ

ジャマシュ、何を…っ!?

あ~あ、君が少年を見捨ててくれれば、そんな楽な話はなかったんだけどなぁ。
そう上手くは行かないものだねぇ。

ジャマシュ…
君、まさか!

まさかでもなんでもないでしょう?
わかってたハズだよ、これは刺客呼び寄せツアーだって。

にしても君って甘いよねぇ。
盗賊に仲間を殺されたって言ったら、一気に懐に入れちゃうんだから。

ま、似た境遇の人に同情しちゃうのはヒトのサガだよね。
上手い話をでっちあげたものでしょう、あたしも。

ド、ド、ド、ド…!

この揺れ…いや、足音…!

ドン!

アアア…

がああ…ッ

くっ、生気のない顔したやつらが、続々と…
また傀儡の盗賊たちか、こりもせず!

こりもせず? そんなわけないよ。
二回返り討ちにされて学んだから、今回はこうして、君に手出しさせないようにしたんじゃない。

学んだって? 数で叩けっていう方針は変わってないようだけど。
こんな人数、これまでどこに隠れてたのさ。

その辺の砂漠さ。あたしたちが城に着いたあと、頃合いを見て呼び寄せたんだ。
なにも、城の中で待たなきゃいけない理屈はないもんね。

あたしの可愛い傀儡たち。
初心に帰って三十人みつくろってきたけど…三人でも多いくらいだよね?
アイラのいないギュンツには。

ギュンツ…!

おいおいおいおい…どうなってんだ?

デカい音がしたもんだから、見に来てみりゃよぉ。

てめえら、ちょっと見ない間に十六倍ほどに増えてねえか? 分裂した?

頼みの綱がオリの中だってのに、余裕だねえ。
その態度がいつまで保てるか――

ッ!?

ギュンツが足を蹴り上げた。

ジャマシュに蹴りを食らわせるには、遠すぎる。
狙いは直接攻撃ではなく――

く、靴!?

そう。
いつの間に靴紐をほどいていたのか、蹴り上げた勢いで靴がすっぽ抜けて、ジャマシュ目がけて飛んできたのだ。

そして靴は、

……ぺしょっ

ジャマシュに届くことなく、床に墜落した。

いや脚力ゼロか!

うるっせ! オレの脚力は逃げ足に全振りしてあんだよ! 攻撃の意志を見せただけでも褒めてほしいね!!
つーか何つかまってんだよてめえ!

それはごめんね!!

これにてオレの手札は尽きた!
攻撃取りやめ逃亡に移る!
神速の逃げ足に追いつけるなら、追いついてみやがれ傀儡ども!!

と、いうわけで!
これまで楽しかったぜアイラ!
二度と会うこともないだろうが元気でやれよっ。

牢屋に入った経験のある身から言わせてもらうと、なかなか居心地いいもんだぜそこも。

ああっギュンツ! 私だって「気にせず逃げて」って言うつもりだったけど、そんないさぎよく見捨てられると文句の一つも言いたくなるよ!

あと、牢屋入ったことあるの!?

標的が逃げたよ。
追いかけなさい、傀儡たち。

ガアアッ

少年に投獄経験があったとしても、そこは日に一度食事の出てくる牢だったんだろうね。
君は、ここで飢え死にする運命だよ。

それはどうかな? そう簡単には死なないさ。
おなかすくのは慣れっこでね。

威勢のいいこと。
せいぜい吠えなよ。

一人で死ぬのは寂しいでしょう?
少年の脱ぎ捨てて行った靴をそばに置くといいよ。
すぐに、彼の形見になる。

何…!?

この階は牢獄だというだけあって、脱走を防ぐ構造になってる。
下への階段は一つだけ。窓から逃げようとすれば、墜落死するのがオチだ。

そんな…ッ

いくら逃げ足に自信があっても、逃げる場所がないんじゃね~。
すぐにつかまって、八つ裂きさ。

そしたら、死体を見せに来てあげるね。
あきらめついた方が、君も楽でしょう?

待てっジャマシュ…!
待てったら!!

どうしよう、私のせいだ…
私が油断したから…!

どうにかして…脱出しなくちゃ…
早く…早く…早く――――!

ギィィンッッ

くっこの…ッ

でいッ

ギャンッッ

お~やってるやってる。

あの子、ただの坊ちゃんかと思ったら、そこそこ使えるんじゃないの。
持っているのは短剣か~。

それでも、小柄な体には重すぎるみたいだね。
剣に振り回されちゃってる。

それに、こうも敵数が多いと、攻撃を防ぎきれないよね~。
あちこち切り刻まれて流血しているから、動きもどんどん鈍くなる…

その割に、傀儡たちが倒れているのは…?

でやっ!

ザシュッ

ぐ…ぐぅ…

ぐはッ

傷は浅いのに、血を吐いて倒れた。

なるほど、毒刃か~。
あたしは近寄らない方がよさそう。
それに、あんまり長引かせるわけにも行かないね。

傀儡たち!
狙うなら、向かって右側を狙いなさい!

ッ!

殴り飛ばしたとき、きき腕よりも左腕をかばった。
怪我をしているハズだよ!

ぐおおおおッ!

さてさて、これでカタがつくか――

なッ!?

ジャマシュが目を見開いたのは、一本の矢がジャマシュめがけて飛んできたからだ。

矢はジャマシュの頬をかすめ、ギュンツに襲いかかっていた男の背に刺さった。

グッ…ハ

バタンッ…

矢…?
どこから――?

…おっせえんだよ、

アイラ。

スラァッ!

ごめん、手間取った!

私は剣を低く構え、ジャマシュめがけて駆けた。

ギャン!

く…ッ

防がれた…! やっぱり傀儡のようには行かないか。
構っていたらその間にギュンツがやられちゃう。

ッ、待ちなよッ

キィィンッ

私は応戦しようとしたジャマシュをはねのけ、ギュンツの元に駆けつけた。
盗賊たちとの間に割って入り、ギュンツを背中にかばう。

お待たせ、ギュンツ!

さあ、私が引きつけるから、その間に走って逃げて! 自慢の逃げ足で!

この出血量見て言ってる?
だとしたら鬼だぜ。

アイラ…どうやって出てきたのさ?
鍵はあたしが持ってるのに。

ふっ。

ギュンツが置いて行った靴に、いいものが隠れていたからね。
使わせてもらったんだ。

そう。

牢の中で、気づいたんだ。
なぜギュンツがわざわざ靴を脱いだのかって――

どうしよう…
どうにかして外に出なくっちゃ…!

私は牢の中で、何もよい手が浮かばず、ウロウロ歩き回っていた。

どうしよう、どうし――

うわっ!?

痛たた…
何かにつまづいた…

これは…ギュンツの靴だ。
そういえば、ジャマシュが牢に投げ込んで行ったな。

…どうしてギュンツは、靴を脱ぎ捨てて行ったんだろう?
靴なんて、たとえ命中していてもたいした攻撃にはならないのに。

それどころか、ガレキだらけの廃城を裸足で走り回ることになる。
足がボロボロになっちゃうよ。

もしかして、この靴に何か…?
一見、何の変哲もない靴だけど…

――あっ。

あった、これは――!

靴底に、針が刺さっているのを見つけたんだ。
針の頭しか見えていなかったから、初めは気づかなかったんだけどね。

ジャマシュは「縄抜けくらいできる」って言っていたけど、私だって、鍵開けくらいできるんだよ。
針の一本さえあればね。

へえ、針で脱獄したのか。
靴底外せば『鍵開け薬』があったんだけど。

何それ!?

普段は流動体だけど、鍵穴に差し込むと固体化して鍵の代わりになるっていう…

知らないよ!
言ってくれなきゃわかんないよ!

と、言ってる間に、あらかた片付けたか?
攻撃がやんだ。

いや…しりぞけただけだ。
まだあと十人くらい、遠巻きにこちらを見ているよ。

こちらから攻めれば囲まれる。
攻撃を待って、迎え撃つのが一番なんだけど…

アハハハハハ!

!?

すごいね~! こんなあっという間に、あたしの傀儡を倒しちゃうなんて。
傷一つ負わず、しかもおしゃべりの片手間に!

やっぱり、有象無象じゃあ相手にもならないかあ…

――この手は、使いたくなかったんだけどな。

ジャマシュ? 何をするつもり?
手に持っているビンは何?

何でもないよ、気にしないでね~。

戦闘の最中に、何を飲んで――

!?
ジャマシュ!?

……っ

ぐらり

どさっ

た、倒れちゃった…?
一体何を飲んだんだ?

まさか、このタイミングで自決?
ううん、そんな雰囲気でもなかったし…

アイラっ、来るぞ!

ッ!!

――らあああッ

ヒュッ

く…っ、速い!

一瞬で間合いを詰めてきた。
よけるのがもう少し遅ければ、拳が当たるところだった――

って、こぶし!?

そいつだけじゃない。
見ろよ、他の連中も、みんな剣を捨ててるぜ。

どうして突然――
いや、それよりも、今の動きは!

ウラアアッ!

ヒュッ ヒュッ ヒュッ

ビュッ!

ぐッ…!

アイラ!

平気…一発、かすっただけ。

でも、どうして…?
この盗賊の身のこなし、間違いない。
ジャマシュがギュンツに食らわせた技だ。

ジャマシュ!
一体何をした!?

……ッ

――――

ジャマシュは何も答えない。

ただ、その口角が、にやりと上がったように見えた。

 

つづく

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