35 抗えない別れ道2

ソル

あ、悪い……えっと、鍵の場所は教えてくれるか?

 ソルは慌てて話題を戻す。

 今のエルカなら冷静に話に応じてくれるような気がした。


 密接していることに気付いたエルカは、恥ずかしそうに目を伏せると一歩下がる。

エルカ

地下書庫の鍵ならあっち側にいる私が首に下げているよ

ソル

そうか……ありがとう

エルカ

……私ね、ソルと家族になりたかった

ソル

オレもだ

エルカ

でもね………あの人が来てから、それは無理だって気付いたの。私とソルは家族にはなれないって

ソル

あの後………何回も来たんだな、あの男

エルカ

そうだね。頻繁に見かけるようになったのは二、三年前からだけど……あの女と、お金の交渉の話をしていたの

ソル

ごめんな。全然、気付かなくて

エルカ

気付かなくて当然だよ。ソルたちがいない時だもの。あの人たち内緒で話していたんだよ……私には聞こえていたけど

ソル

それは魔女だから?

 エルカは唇に人差し指を立てて首を静かに横に振る。


 そして、クスっと薄く笑みを浮かべた。

エルカ

私は魔女じゃないよ。お爺様が色々な仕掛けを残してくれたの。地下は安全だよ。炎がまわることはない。

エルカ

あの人も数日は生きていると思う。今なら助かると思うよ。精神状態はどうだか知らないけど

ソル

そっか……

 エルカの祖父グランは、魔法をまともに使えない孫娘の為に地下書庫を遺した。


 あそこには、彼の魔法の残滓がたくさんあるのだろう。


 グランの魔法が絡んでいるのなら、ソルの父親は今頃苦しんでいる頃だ。


 残念ながら殺された母親に対しても、加害者である父親に対しても、ソルは同情の欠片も感じられなかった。

エルカ

鍵の場所は教えたよね。私は、ここに居たいの。私の体は眠っているのでしょ、そこにあるから

ソル

エルカ………

 エルカは扉の前に立つソルを、見据えていた。

 その冷たさの滲んだ視線を受け、ソルは息を飲みこむ。

エルカ

ごめんなさい………これが解決しても私は外には出たくないの

ソル

そんなに、オレと居るのが嫌なのかよ

エルカ

違うよ……私が引き篭もる理由とソルは関係ないから。これは私の問題だから、安心して

エルカ

……だって、私はずっと地下書庫に引き篭もっていたでしょ? その場所がここになっただけ

ソル

………だからって置いていけるわけないだろ

エルカ

じゃあ………もしも、一緒にいてって言ったら……居てくれる? ここで、永遠を過ごしてくれるかな?

 ふいに、憂いを帯びた視線で彼女はソルを見つめる。


 その瞬間、胸を何かで掴まれたような感覚を覚えた。

 呼吸をすることを忘れ、しばし彼女の双眸を見つめていた。


 その瞳の向こうで彼女が何を考えているのかを模索する。

 それは、一緒に棺に入るということ。

 息を飲みこむ。

 それも魅力的かもしれない。



 兄妹になるという、互いの願いは叶えられたのだ。



 現実に戻れば、また苦しい日々が待っているかもしれない。


 それなら、この幸せな瞬間で時を止めてしまえば、この先も幸せを維持できるだろう。

ソル

(でも……本当にそれで良いのか?)

 この選択肢によって、自分達のこれからは大きく変わる。だから、ソルは時間をかけて考える。

エルカ

…………

 ふいに視界に彼女の揺れる瞳がうつる。

 自分が選ぶものは、自分と彼女が同時に救われるものでなければならない。


 しかし、エルカにこんな表情をさせてはいけないと思った。



 ソルにはその望みを叶える義務がある。

ソル

…………………………も、もちろんだ

エルカ

ざんねん……今の質問には即答して欲しかったな、そうすれば永遠に一緒に居られたのに

エルカ

…………なんてね

 その笑みに、微かな寂しさが過ったような気がしてソルは手を伸ばしていた。


 その手を彼女はスルリと抜けると、二人の間に距離ができる。



 それが、生と死の境のようにも思えた。



 時間は無限ではなかった。悩んだ時間が、この結果をもたらしたのだ。

ソル

エルカ

エルカ

さすがに、一緒に棺にって言うのは冗談だよ………でもね、やっと……最高の引き篭もり場所に辿り着けたのに、外になんて出たくないの

エルカ

……外に出たら、また………友達を傷つけてしまう

ソル

え?

 エルカは小声で何かを呟いていた。

 それはソルに対してではなく、自分に言い聞かせるように。


 ソルはそれを問いただそうと口を開いたが、それを遮るようにエルカは微笑んだ。

エルカ

ありがとう、私のことを家族って呼んでくれて……私がソルに望んでいたことを叶えてくれて。これで満たされたよ……貴方への願いは、貴方が叶えてくれた

ソル

だったら……一緒に帰ろう

エルカ

それでもダメなの。私が棺まで持っていって閉じ込めないといけないものがあるの。貴方に与えられたこの幸せな気持ちがあるから、私はここでも頑張れるよ

ソル

待てよ

エルカ

待たないよ………忘れているかもしれないけど、ここは私の棺で、私のテリトリーなんだからね……お爺様の鍵も【使えない】ようにしたからね……だから、

エルカ

【帰って】

 エメラルド色の髪をキラキラと煌かせて、初めて見るような綺麗な笑顔で彼女は言う。


 その姿に見惚れてしまい、ソルの口は言葉を発することができなかった。


 言葉だけではない、身体に力が入らない。ソルの意思では身体を動かすことが出来なかった。



 エルカの手で身体を反転されて扉の前に立たされる。


 身体は硬直したまま、その背中を押して彼を外に出す。ソルが振り返る前に扉を閉めた。




ソル

……それじゃあ、オレの願いは誰が叶えるんだよ。お前たち二人と家族として生きるという、オレの願いは……

 その叫びをソルは声に出すことが出来なかった。

第2幕-35 抗えない別れ道2

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