17 悪あがき

 それは、記憶を言葉で紡ぐ作業だった。

 一つ一つの光景が蘇り、それらは心に重く圧しかかる。


 幾つかの場面で後悔を重ねたが、記憶の中の過去のソルには届かない。





 話し終えたのと同時に淡い光が視界を覆い、眩しさに目を閉じていた。


 静かに目を開く。



 そこは法廷でもなければ黒壁の部屋でもなかった。


 ここは、エルカがプリン王子の本をみつけた本棚の前。


 ソルが黒い渦に引き込まれた現場だった。

 どうやら元の場所に戻って来たのだ。


 現実世界ではなく図書棺の中の……元の場所に。

ソル

ここは………あの本を手に入れた部屋? さっきまで法廷にいたのに……

コレット

そうよ、ここで貴方とエルカは本を見つけた。エルカは本を開いてその世界に飛び込んだ。貴方は本の檻に取り込まれた

 小さな魔女コレットは椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいる。

 自由すぎる女だと思いながらソルは深いため息を吐いた。

ソル

………場所が変わったことは気にするなってことか?

コレット

理解が早くて助かるわ。そうよ、魔法使いの気まぐれをいちいち気にしてはダメなのよ

ソル

………事件についての話は終わりだ。あの後、オレとエルカは保護されて、オレは病室で目覚めて貴方と出会った。それで、オレは有罪だろ? 裁判長さん

コレット

あら、私とはここが初対面でしょ。裁判長? 面白いことを言うのね

ソル

………ああ、そういうことにしておくよ

コレット

フフフ………冗談よ………話を聞かせてくれてありがとう。私が知りたいことは分かったから。貴方が有罪か無罪かはまだ告げられないわ。檻の外に出てこられたぐらいで貴方の裁判は終わらない

ソル

……とんでもない重罪を犯したからな

コレット

だからこそ、慎重になるのよ

ソル

とりあえずあの事件の話については、これだけだ

コレット

ええ……さて、次に行きましょう

 コレットは椅子からおりると、ソルに手を差し伸べる。



 差し出された小さな手を無意識に握っていた。冷たい感触にゾッとする。
 

ソル

次?

コレット

言ったでしょ? エルカのところに連れていくって

ソル

それは、この棺だろ?

コレット

でも、今、ここにあの子はいない

ソル

……確かにいないけど……

コレット

ソル君にしか出来ないことをしてもらうわ

ソル

………え?

コレット

体験してきなさいよ

 コレットは取り出した魔法のステッキをクルッとまわした。


彼女がクルクルと回すと、キラキラとした光の粒が先端から生み出される。

 周囲が淡い光に包まれていく。

ソル

た……体験って……?

 ソルの身体に光の蔦がまとわりつく。手に足にグルグルと巻き付いていく。



 それは暖かいような、冷たいような変な感触だったので、不快な表情を浮かべる。

コレット

分かっているでしょうけど、あの子が描いた物語のモデル。それは貴方との記憶と思い出なのよ

ソル

それは、気付いているよ………

コレット

だから、ナイトくんには出来ないことなのよ。彼はプリン王子の物語に関わっていないから

ソル

だから、オレなのか

コレット

きっとあの子は、この物語に残酷な結末を与えると思うのよ

ソル

それが事実だったはずだ。だから、本を通して話した時に

コレット

その結末を歪めることが出来るのは、ソルくんだけ

 

 足元に黒い闇が現れる。それは黒壁の部屋に取り込まれたものと似ていた。

 もがいても、光に囚われた身体は自由に動かすことが出来ない。


 諦めて身を委ねていた。


 ソルの身体は現れた闇の中に吸い込まれようとしていた。


 コレットは黒い闇の上に立ち、ソルだけが吸い込まれていく。

ソル

歪めるって言っても…………ど、どうすればいいんだ?

コレット

貴方はこれから……【プリン王子】となるのよ

ソル

はぁ? 何を言って……

コレット

もう一人の貴方を通して思い出させるのよ……あの子が本当に描きたかった結末を……結末を歪ませるのよ。必要なのは歪みだから

ソル

プリン王子として……あいつと出会えって言うのか?

コレット

そういうことよ………ただ、この魔法も初めてだから……プリン王子となった貴方には記憶ないと思うわ

ソル

おいおい……それで歪ませろって、言うのかよ

コレット

貴方の心の奥底にエルカを救いたい思いがあるのなら、例え記憶がなくともプリン王子は貴方の望む通りに行動するわ

ソル

そういうものなのかよ

コレット

いい? ソルとしてエルカと交わした会話は間違いではなかった。貴方はあの子の望みを叶えただけなのだもの。真実を知りたいあの子に、貴方は伝えただけ

ソル

………そうなのかな

コレット

ええ、だから次はプリン王子として出来ることをしてきなさい

コレット

………さぁ、頼んだわよ

 理不尽な申し出だと思い、ソルは吸い込まれながら不機嫌な視線を向けた。

 最後に見えたコレットの顔……

 それは懇願するような悲痛な表情だった気がしたので、ソルは表情を引き締めてから大きく頷いた。

ソル

……了解した

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