28 止まった物語1

 あの後、ソルは何も語らなかった。


 早く物語を進めて来いとだけ告げて、それっきり何も話さなくなった。

 頭に乗せられた手の感覚もなくなっていた。

 名残惜しく思いながら、頭に手を触れる。


 あるはずのなかった感覚に微苦笑を浮かべてから、エルカは立ち上がって、

エルカ

……それじゃあ、行ってくるね

 そう告げて、本をテーブルに戻してから部屋を出る。




 返事は待たなかった。自分が席を外すことを、伝えるだけで良かった。

 コツコツと廊下を歩く。


 自分の足音しか聞こえてこない静寂の中、エルカは思考を続けていた。


 ソルとの会話を通して、物語の続きを思い出すことが出来た。


 エルカたちが次にやるべきことは、プリンを作ること。

 だけど、それを実行に移すのは難しい。



 顔を上げると、前方から近づいてくる影があった。

 ナイトも何かを考えながら歩いている。

 側に来るまで、エルカの存在に気が付かなかったらしい。

ナイト

妙なところで会うな

エルカ

そうだね……ナイトも考え事していたの?

ナイト

まぁ、な……お前は何かわかったのか?

エルカ

……うん

 エルカは少し考えてから、自分が泊まる部屋にナイトを促した。

 カーテンが閉め切られたままの部屋は、薄暗く寂しさも感じられる。

 しかし、この薄暗さはエルカを落ち着かせてくれる。

 お互いの表情が、はっきりと確認できない部屋の中でエルカとナイトは向き合って座っていた。

エルカ

物語を次に進めるには、プリンを作らなければならないの

ナイト

やっぱり、そうなるか……食材さえあれば、プリンを作ることは可能だろうな

エルカ

でも、それは簡単にはできない。それはナイトが一番わかるよね

ナイト

プリンの材料は、卵とミルクと砂糖があればいい。このうちの砂糖については、リンゴのコンポートを作ったときに使っているよ。サトウキビを見つけて作ったんだ

エルカ

その時に卵とミルクはなかったのよね?

ナイト

俺は食材を探しに城の周辺を確認している。リンゴは木を探して手に入れた。だけど、卵やミルクは木になるものではないよな

エルカ

そうだよね……卵はニワトリ、ミルクは牛がいなければ手に入らないよね

ナイト

俺はニワトリも牛も、他の動物だって……その存在を確認していなかった。小鳥の声は聞こえた……だけど、その姿は見つからなかった

エルカ

ニワトリと牛がいなければ、私たちは卵とミルクを手に入れることが出来ない。何をするかも、何が必要なのかも分かっているのに……どうすれば、良いのだろう

 そこまで話してエルカは首を捻る。

 そして、ソルの言葉を思い出していた。

エルカ

(でも、物語を進めろってソルは言っている。それは、つまり……)

エルカ

(物 語 を 進 め る こ と は 不 可 能 で は な い )

エルカ

(……っていうこと)

 物語を進める為に、今のエルカたちが出来ることがあるはず。


 それを考えていると、正面に座るナイトが不敵な笑みを浮かべた。

 とっておきのイタズラを考えたような表情を向けてくる。

ナイト

エルカ……俺はプリンの材料を調達してこようと思う

エルカ

……心当たりがあるの?

ナイト

この周辺は確認した、今回はそれより先の方まで見てくるよ

エルカ

………だ、大丈夫なの? この世界では何が起こるか分からないのに

ナイト

心配してもらえるのは有難いな。でも、安心しな

エルカ

え?

ナイト

考えてごらん、プリンを作る為の食材……それはエルカが物語を進行させる為に必要なものだ……エルカが物語を完結させたいと思っていれば、必ず手に入る

 これは、方法があるのかもしれないという希望ではない。
 方法が必ずあるという断言だった。 

エルカ

ありがとう……これって、私がやらなきゃいけないことだよね。私が自力で手に入れて、王子に与えなければいけないこと。だから……私も行くべき、だよね

ナイト

違うよ……エルカはここから動かなくて良い。俺は、その為にここに居るんだ。剣が持てない女の子の為に、剣を持つ為に。君が城から出る必要はない

エルカ

私はどうすれば良いの?

ナイト

この物語での君の役割を考えなよ

エルカ

私の、役割?

ナイト

俺ができるヒントはこれだな……エルカの絵本は開かれたまま放置しておこう

エルカ

開かれたまま……じゃあ、私は何もしないの? 王子も何もしないの?

ナイト

そうだよ。俺が物語を動かすための道具を持ち帰るまではな。それじゃあ行ってくる……数日かかると思うけど待っているんだよ

エルカ

うん、いってらっしゃい。気を付けてね

ナイト

そうだ、エルカ

エルカ

え?

 ナイトは扉の前で振り返ると、いつもの探るような視線を向けてきた。


 仄暗い部屋の中で表情は見えないのに、彼の鋭い視線と不敵な笑みが、はっきりと確認できる。

 エルカはその視線から、目を反らすことができなかった。

ナイト

物語をどう進めるか………それを、最後に決めるのはエルカだからな

エルカ

…………

第1幕ー28 止まった物語1

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