鍛冶屋

やっぱりそうか。
わしは女の顔は忘れん。
一度来ただけでも
絶対に忘れんぞ。
ぐへへへ。

メナ

お母さんがここに
来たんですね?

鍛冶屋

あー、10年以上、
いや15年前くらいか。
20代中頃で
お嬢ちゃんとそっくりな
女が修理にきたぞ。

メナ

もっと詳しく教えて下さい!
お願いします!

 鍛冶屋のオヤジの話は、メナの母親の足跡を知る重大な手掛かりだった。

 一度きりしか来なかったメナの母親は、調度今頃の時間に押しかけて来て、修理を依頼したとの事。何か深刻な顔をしていたようだ。


 そして、その依頼の武器は、刀だったらしい。


 今でもはっきりと覚えていると前置きして、刀の話をするオヤジ。大業物(オオワザモノ)に分類される銘刀。その刀身は、深い海の底から光を放っているようだったと。

エノク

さぁ、
どんどん食べて下さい。

メナ

…………

ハル

…………

 鍛冶屋を出た後から、二人の口数は少なかった。食事に入った場所は、普段なら入れぬ高級な店。それに対する反応も薄く、豪勢な料理への反応もなかった。

エノク

二人共、何をしょんぼり
しているのですか?

 しょんぼりと言われたが、二人の感情は正確にはそうでなかった。突然の母の情報。目的のものが急に現れ、戸惑いや驚き、それに喜びや哀愁といった感情が入り乱れているのだ。

メナ

エノクさん。
お願いが……、
一つお願いがあります。

エノク

はい、なんでしょうか。

メナ

私に……
私にも刀の使い方
教えてもらえないでしょうか?

ハル

!!

 メナの視線を真正面から受けたエノクは、持っていたナイフとフォークをそっとテーブルに置いてから応えた。

エノク

メナさんのその思い。
私ごときでよろしければ
手助けさせて頂きます。

ハル

エノク……。

メナ

ありがとうございます!
エノクさんっ!
よろしくお願いします!

 こうして、メナもエノクの元で剣術の訓練を行う事になった。

 二人の両親が現在、どこで何をしているのか。同じ境遇のハルとメナは、明日からの訓練に新たな決意を固めた。

 ――訓練場六日目の朝。

ダナン

ふー、食った食った。
馬鹿みたいに食ったな。

タラト

ば……か?

ダナン

おめぇも馬鹿みたいに
食ったろ。

ユフィ

みたいじゃなくて
馬鹿なのよ。

タラト

ハゲは、バカ♪

リュウ

おー、ちょっとづつ
言葉覚えて言ってるな。
タラトは賢いな。

アデル

確かにそうですね。
タラトさん、
これからも少しづつで
いいので覚えていきましょう。

ジュピター

ハゲとバカはマスターしたな。

ダナン

ひで―言葉ばっかりじゃねーか。

 朝の食事の賑わいはいつもどうり。しかしハルは、どことなしかユフィの言動に違和感を感じていた。

アデル

ユフィさんは昨日の訓練
どうでしたか?

ユフィ

…………。
ああ、そうね。

アデル

…………。

ユフィ

…………。

ジュピター

で、どうだったんだ? ユフィ。

ユフィ

え? 何の事?

アデル

……。
そんなに疲れるくらい
大変な訓練だったんですか?

ユフィ

ん!?
ああ、大丈夫、大丈夫。
ちょっとぼーっとしてただけよ。

アデル

あまり無理はしないで下さいね。

 そして食堂から出る時、ユフィがぼんやりとしているのを見て、ハルは誰にも聞かれないように質問した。

ハル

ユフィ……、
教えて欲しいっす。
もしかして……
近いうちに出るんすか?

 ハルの言葉は重く暗かった。その雰囲気を感じ取り、ユフィはハルには気付かれている事を悟り、打ち明けた。

ユフィ

意外にするどいのね。
なぜ分かったの?
まぁ、いいわ。
お願い。
聞いても誰にも言わないで。
騒がれたくないの。

ハル

うう……。

 ハルの瞳が潤む。それを見ないように背を向け、ユフィは言葉を残した。

ユフィ

今日の夕方には出るわ。

 明るい声色で言ってみせたユフィ。その声色はハルの胸を強く締め付けた。

 ~錬章~     40、足跡

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