裏風紀委員会



03.天然電波、屍体愛好少年







 もげた手と足がボトボトと床に落ちた。




 それを隣で目撃した女子生徒が悲鳴を上げて距離を取り、その悲鳴に気付いた周囲の生徒が目を丸くして教室内は一気に騒がしくなる。


 手足が出て来た机を傾けると死体が中から溢れ出、音を立てた。

……




 少女はそのいくつもの死体を見ても動じず、むしろ慣れたような風に眺めていた。


 眼鏡の奥の虚ろな目は、目の前の死体さえも映していない。



 と音を立てて踏み潰すと、粉々になった身体と隠されていた透明な羽が床に散らばっていた。








 青い空が窓から見える。


 深い青に映える白雲はまったりと空を泳ぎ、窓の端からのぞく木の葉はつやつやと青く輝いていた。


 もうしばらくすれば夏休み、というまでに近付く夏。


向陽 眞桜

先生見ましたか? この記事

社 優仁

さあ




 放課後の応接室。


 開け放たれた窓と設置されている扇風機に向陽(ひなた)の制服がパタパタと揺れる。


 彼女はいくつもの新聞を机に並べてある共通した記事を広げているが、向かいに座る社(やしろ)は怠そうに長椅子に寝そべっていた。


向陽 眞桜

先月から一時行方不明になっていた女性が病院搬送後に精神病院いりしたらしいんですって!

社 優仁

へぇ~……

向陽 眞桜

見つかった時の姿がそれはそれは酷かったらしいんですよ!
顔なんて見分けがつかないくらいボコボコになっていたらしいですし!
肋骨なんて内臓に刺さらないようにきれ―――……に折られてたらしくって

社 優仁

ふーん……

向陽 眞桜

犯人も凄い根性ですよね!
でもこの女性、事件に関することを全然覚えてないどころか、人とまともに離せないくらいに怯え切っちゃてるらしいんですよ!

社 優仁

はーん……

向陽 眞桜

しかもですよ!この女性の名前!
『南海』っていうそうなんです!
なんだか最近聞いた気がしますけど……どうなんでしょうかね?

向陽 眞桜

ね、綾女(あやめ)先輩!



 応接室の入り口に立っていた綾女に向陽はニコッと笑い問うた。


 綾女は

綾女 剛孟

さあな




 と答えて応接室に入るとドアの鍵を後ろ手に閉める。


 それからクーラーのスイッチをいじったものの、数字が表示されなかった。


社 優仁

壊れてんだよ……それ……

綾女 剛孟

あぁ。だからそんな状態な訳か……教室を変えればいいじゃないか

社 優仁

無理だろーこの時期に空いてんのなんてこの部屋だけだっつの……

向陽 眞桜

先生首冷やすのいります? それとも保冷材?

社 優仁

デコに貼る奴……

向陽 眞桜

はい! ありますよー!




 向陽の鞄から保冷シールと呼ばれる額に貼る物が出て来てそれから冷たい飲み物も出て来た。


 相変わらずどんな鞄だ……と綾女は呆れながら向陽を見、それから自分の鞄を置くとあるファイルを取り出した。


向陽 眞桜

? 何ですか、それ

綾女 剛孟

夏休みが明ければ文化祭があるだろう。生徒会の予算折衝の結果と、各クラスの出品表だ

向陽 眞桜

へぇ~……大変ですね。武高(たけこう)はこの間文化祭があったばかりなのに、年に二回もやることになるなんて




 あと半月と少しすれば夏休みとなる。


 しかしこの宍(しんかい)高校は夏休み前から文化祭の準備・会議が始まり本格的な準備は夏休み中。


 夏休みが明ければすぐに文化祭当日となってしまうのだ。



 生徒会副会長となった綾女はその準備のせいで毎日の会議に呼ばれ、こうして仕事を任せられている。


 変わって社を中心とした

 〝裏風紀委員会〟(学校非公認)

 は週一程度の集まりと、随分委員会らしい活動となっていた。


 だが、


社 優仁

書記が欲しい

向陽 眞桜

綾女 剛孟



 唐突に上がった社の声に向陽と綾女が同時に顔を上げる。

向陽 眞桜

書記……ですか?

綾女 剛孟

向陽がいるだろ。それじゃ駄目なのか

社 優仁

イヤだ

綾女 剛孟

イヤだ、って……大の大人が……

向陽 眞桜

じゃあ探しましょう! 書記の人!

綾女 剛孟

は? お前本気で言ってるのか?
というかそれ以上こっちに寄るな

向陽 眞桜

あ、スミマセン




 綾女がしっしと手を振ると向陽は彼から距離を取って座り直す。


 言い出しっぺの社はというと未だに長椅子に項垂れているが、綾女は構わず話を進めた。


綾女 剛孟

いいか。そもそもこの組織の構成から考えろ。会計ならともかく、書記なんて兼任で済むだろう?

向陽 眞桜

どうしてですか? 先生が欲しいって言ってるんだから探しましょうよ~



 ブーとブーイングを上げると綾女の眉間のシワが深くなった。


綾女 剛孟

お前がいれば書記なんて事足りると言っているんだ。集まった時の会議内容、必要事項、次の集まりの議題……それらをただノートに書き留められればそれで仕事は終わる

向陽 眞桜

……わかってますよ?

綾女 剛孟

だからそれはお前が出来るだろうと言っているんだ

社 優仁

いや、無理だろ……向陽だぞ?

綾女 剛孟

は?

社 優仁

向陽がそんなまともなこと出来るはずねぇさ



 チラとこちらに顔を見せ、社は嘲笑した。


 そして向陽の方へ向けば、彼女はキョトンとした表情だ。


向陽 眞桜

……よくわかりませんが、先生以外のことに興味はありません!

社 優仁

な?

綾女 剛孟

自信満々に胸を張って言えることではないのは確かだ……



 向陽のガッツポーズは誰にもよしと言われるものではなかった。



社 優仁

つーか、そんな簡単な書記なんていらねーよ。もっとこう……使える奴

綾女 剛孟

速筆、や記憶力が良いということか?

社 優仁

いやいや、そんなのより…………。そうだな、










一度見ただけで、何でも記憶する奴。……とか










 社の言葉に綾女は一瞬固まり、それから彼の言葉を理解するのに頭を回す。

綾女 剛孟

そ、れは…………確かにそういう人間はいるかもしれないが、IQが高かったりする奴のことだろ?
そんな者、この学校にはいない

社 優仁

いやわかんねーさ、探してみよーぜ

綾女 剛孟

向陽が、だろ?

向陽 眞桜

もっちろんですよ!
では行ってきます!



 立ち上がり鞄を持つと風の如くいなくなる向陽。



 転校して、この〝裏風紀委員会〟に属してから半月。

 綾女はもう何の驚きも反抗も感じなくなっていた。


 しかし、そんな人間見つかるはずがない……と綾女はため息を吐きがちにファイルへと目を落としたが、そこであることを思い出して社に声をかける。



 彼はどこから持って来たかわからないうちわを仰いでいた。


綾女 剛孟

ところで社先生

社 優仁

放課後は呼び捨てでいいだろーオマエから先生って呼ばれんの気持ち悪いんだよ……

綾女 剛孟

じゃあ社。
あの問題、職員会議で決着着いたのか?

社 優仁

…………、あらあら一体何のことか……

綾女 剛孟

とぼけるな。遂に生徒会(こっち)にまで来てるんだ……面倒事を下ろさないでもらいたい

社 優仁

面倒なのは会長様だろ~?




 ハハハと笑うが、図星の綾女は言い返せない。


社 優仁

しかしまぁ……おかしいな

綾女 剛孟

……何がだ

社 優仁

いやだって、あの話はまだ外に漏らしてねぇはずなんだよ……
怖い怖い教頭が

『くれぐれもまだ生徒には内密に』

……って。つかアイツ内密好きな

綾女 剛孟

表に漏れれば悪評立つからな。……あそこまで行ってれば

社 優仁

ホント、あそこまでよくやるよな……どこの物好きなんだか……



 社はめんどくさそうに声を上げながら立ち上がると、窓から校庭を眺めた。





 校庭ではサッカー部が練習に励んでいる。

 すぐそばに立つ木に視線を移すと、セミの幼虫がちょうど木を登っている最中だった。


 昇る速度は遅く、上に上がりきる頃には夜になっているのではと思える。


 これから幼虫は背を開き、成虫となって外に出てくるのだろう。





 その光景を思い出して、社はハッと笑った。

社 優仁

きもっ



次回更新予定:03月20日

03.天然電波、屍体愛好少年(1)

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