さて、笹宮さんのお手並みを拝見しようか。

 僕の中では笹宮さんのコミュスキルは0っていうかミジンコ以下のレベルだが、案外この自信、このオーラ、笹宮さんに秘められた力が解放される可能性もなきにしもあらず?

神城 鋭

多分ないな。漫画じゃあるまいし……。
笹宮さんの能力の低さは僕が一番知ってる。

 現実はそこまで甘くないのだ。
 どきどきしながら見守る僕の前で、笹宮さんがおずおずと猫神に問いかける。

笹宮 明

あの……猫、神さん?

猫神 鈴

は……はい!

 一方猫神の方はガチで怯えていた。
 嗚咽こそ止まったが、眼は真っ赤で透き通った虹彩が濁っている。
 散々笹宮さんに恫喝されたせいだ。おまけにこの結果次第で今後の自分の未来が全て閉ざされる事を考えればその態度は仕方ない。

 すかさずフォローを入れる。

神城 鋭

なう(笹神様と呼べよ、この雌猫が)

猫神 鈴

!!

 ぼそっと呟くように出した警告に、猫神が弾かれるように飛び上がる。
 笹宮さんを怒らせたら天変地異が起こるかもしれないのでやむを得ないフォローだ。余りいい役どころではないが、それでも誰かが貧乏くじを引かねばならない。

 ならば責任をとって僕が引く。

笹宮 明

ちょ……だ、大丈夫?

 低めの声でフォローしたおかげで笹宮さんには聞こえていないらしい。僕がフォローを入れたことを知れば例え下僕ができたとしても彼女は納得できないだろう。

 視線で猫神を牽制する。

猫神 鈴

!!

猫神 鈴

な、何でもないですにゃあ、笹神様

 察したのか、びくびく怯えながらも笹宮さんに恭順の姿勢を見せる猫神。そういう長い物には巻かれる所いいと思うよ。

笹宮 明

笹神……様!? え? 何? 神城君が言ったの? 私の事はただの笹宮でいいから!

神城 鋭

にゃう(ただの笹宮さんと呼べ。『ただの』を忘れるな、この万年発情猫が)

猫神 鈴

!?

猫神 鈴

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、私が悪かったですただの笹宮さん

笹宮 明

……ただのって付けなくていいから

猫神 鈴

!?

神城 鋭

面白いな……こう言うの俗に『天丼』って言うんだよな

 お笑い用語で同じボケを二度三度繰り返す事を指す。僕の影からのフォローがあるとは言え、無意識に天丼を使いこなすとはさすが笹宮さんのポテンシャルは天井を知らないな。どうでもいいけど天丼と天井って単語が似てるな。

 いつの間にか教室内からは僕達の他に生徒がいなくなっている。皆、明らかなトラブルの雰囲気を匂わせるこちらとかかわり合いになりたくなかったのだろう。
 クラスメイトを見捨てるとは見下げ果てた者達だ。だが都合がいい。

神城 鋭

笹宮さん、今なら目撃者もいないからマスコミや警察に根回しする事もなく、速やかに猫神を○○できるよ

猫神 鈴

にゃ!?

 猫神がまるで悪魔でも見るかのような目つきで笹宮さんを見上げる。
 勿論、生徒が残っていた所で僕の行為を止める事など出来ないのだが、コストをかける必要が無いのならばなるべくかけない主義だ。年度内に予算を使いきらなくちゃ、なんて事もないしね。

 笹宮さんが眉を酷く顰めてこちらを睨みつけてくる。

笹宮 明

……神城君、まさか貴方……楽しんでる?

神城 鋭

難しいな……楽しいかどうかと聞かれると楽しいけど、僕は真面目にやっているつもりだよ

 つもりなだけで真面目にやってはいないが。

 だってこんな面白い事、すぐに終わらせるのは勿体無い。笹宮さんの初めてをそんな簡単に終わらせたら罰があたってしまう。

笹宮 明

そ、そうなの……少し黙っててくれるかな?

 どうやら怒らせてしまったようだ。
 僕には見える。笹宮さんの怒りがオーラとなって僕を射抜いている。

笹宮 明

神城君、君、私に逆らうのかな?
今すぐ死にたいのかな?

 余りのプレッシャーに口内がいつの間にかカラカラだ。

 呼吸を忘れていた事に気づき、唾を飲み込む。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
 これが美少女天才ストーリーテラーの真の力なのか! 何と神々しく禍々しいのだ!

 こういう時は誠心誠意謝罪するに限る。大丈夫、笹宮さんは基本的に優しいから土下座の一つでもすれば許してくれるはずだ。

神城 鋭

ごめんなさい、笹宮様。
今後は余計な口を出しません。どうか小指で許してください。

 深々と土下座する僕。
 床が汚れていても気にしない。深々と膝をついて頭を下げる。

 後頭部に熱い視線を感じた。

猫神 鈴

か……神城グループの当主を土下座させてるにゃあ!
おまけに指を詰めさせるなんて……平凡そうな顔をしてなんて恐ろしい女だにゃあ!

笹宮 明

ちょ……神城君!? そこまでやれなんて言ってないわ!

神城 鋭

笹宮さんの怒りを治めるためなら小指の一本や二本、腕の一本や二本安いものさ。
僕の手や指なんて笹宮さんの神の手と比べたらゴミみたいなもんだしね

 僕の誠意ある動きにようやく立場をわきまえたのか、猫神が凄まじい勢いで宙返りし、僕の隣に伏せた。
 何と見事なフライング土下座。

 そうそう、笹宮さんの前で頭が高いんだよお前。

猫神 鈴

い、今までのご無礼、申し訳ございませんでした。
ど、どうか、小指だけは許して下さい

 見た目だけは大したものだが、誠意が全く篭っていない。
 仕方ない、もう一度フォローするか。

神城 鋭

この期に及んで自らの事を考えようなんてふてえ野郎だ。
さっさと自分の歯で小指噛みきってけじめつけろよこの駄猫が(にゃあにゃあ)

猫神 鈴

にゃ!?

笹宮 明

!?

 僕達三人の間の空気が凍りつく。

神城 鋭

あ……

神城 鋭

逆だった……

 慣れない事するもんじゃないな……僕とした事がこんな単純なミスを犯すなんて。
 次から気をつけよう。

笹宮 明

か、神城君……説明、してくれるかな?

 さて、さしあたってこの状況をどう乗り切ったものか……。

第八話:またの名を仏の笹宮

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