トントンッ

 

(この書類を提出すれば、
今日の仕事は終わりだな)

美家 王子(びいえ おうじ)

すみませんっ!
匿ってくださいっっ!!

 

どうした?

美家 王子(びいえ おうじ)

今、追われているんです!
そいつらが通り過ぎるまで、
生徒会室に入れてください!

 

……いいだろう。
入れ

美家 王子(びいえ おうじ)

ふう、助かりました……

 

ところでキミは
何者なんだ?

美家 王子(びいえ おうじ)

あっ……。
俺は2年A組、
美家 王子です

 

自分から王子と名乗るとは……。
見た目がまともそうな割には
かなり痛いな

美家 王子(びいえ おうじ)

親がつけた名前だから
仕方ないでしょうが!

冷静 徹也(れいせい てつや)

本名だったのか、それはすまない。
俺は3年B組の冷静 徹也だ。
よろしく頼む

美家 王子(びいえ おうじ)

名前くらい知ってますよ。
生徒会長なんだから

冷静 徹也(れいせい てつや)

そうか。
ちなみにみんなからは『冷徹』と
呼ばれているが、
別に冷徹な性格ではない

美家 王子(びいえ おうじ)

それは知りませんでした

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

BL王子ぃーっ!!
せっかくお姫様みたいなドレスを
用意したっていうのに、
どこに行ったんですかー?

責田 好(せめだ こう)

俺が悪かった王子!
俺はただ、
お前をお姫様だっこしたかった
だけなんだよ!!

冷静 徹也(れいせい てつや)

…………

美家 王子(びいえ おうじ)

…………

ナチュラル伯爵

…………

冷静 徹也(れいせい てつや)

呼ばれてるぞ、王子。
出て行かなくていいのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

あの人たちから逃げてるから
匿ってもらったんです!

冷静 徹也(れいせい てつや)

そうか、なるほどな。
しかし逃げ回っているだけでは、
現状は改善されないぞ

美家 王子(びいえ おうじ)

そんなのわかってますけど……

冷静 徹也(れいせい てつや)

待っていても
誰も助けてはくれない!
自分から道を切り開き、
いじめを克服するんだ!

美家 王子(びいえ おうじ)

待ってください。
俺、あの二人に
いじめられてるわけじゃ
ないんですが

冷静 徹也(れいせい てつや)

ほう。
では、なぜ逃げている?

美家 王子(びいえ おうじ)

そ、それは……。
ほぼ初対面のあなたには
話しづらいです……

冷静 徹也(れいせい てつや)

ならばこの生徒会室から
出て行ってくれ

美家 王子(びいえ おうじ)

どうしてですか!

冷静 徹也(れいせい てつや)

俺は戸締りをして
とっとと帰りたいんだ

冷静 徹也(れいせい てつや)

それに事情すら話さない相手を、
庇い立てする義務は無いしな

美家 王子(びいえ おうじ)

わかりましたよ、言います

冷静 徹也(れいせい てつや)

話す気になったか

美家 王子(びいえ おうじ)

さっき叫んでいた男のほうは、
俺の親友なんですが……。
実はホモだという事が
発覚しました

冷静 徹也(れいせい てつや)

いきなりヘヴィーな話だな

美家 王子(びいえ おうじ)

しかも親友が好きなのは
俺だったんです。
その上、それを横で見て
大喜びしている女の子がいて……

冷静 徹也(れいせい てつや)

なるほど。
それが先ほど叫びながら
走っていた女子か

美家 王子(びいえ おうじ)

はい……。
ほっとくとあの二人に、
俺がBLの受けに
仕立て上げられそうで……

冷静 徹也(れいせい てつや)

何点か質問をしてもいいか?

美家 王子(びいえ おうじ)

この際だから何でもどうぞ

冷静 徹也(れいせい てつや)

まず一つ目の質問だ。
その女子はなぜ
同性愛を見て喜んでいるんだ?

美家 王子(びいえ おうじ)

えーっと……。
普通の少女マンガよりも、
男同士の絡みのほうが
感情移入ができる女の子が、
世の中には居るんですよ。

冷静 徹也(れいせい てつや)

なぜだ?

美家 王子(びいえ おうじ)

俺に聞かれても
知りませんよ……

冷静 徹也(れいせい てつや)

では、二つ目の質問だ。
お前が言った『びーえる』とは
なんだ?

美家 王子(びいえ おうじ)

アルファベットのBとL、
つまりBoy's Loveの略です

冷静 徹也(れいせい てつや)

なんだそれは。
直訳すると
少年の愛情になるが……

美家 王子(びいえ おうじ)

たぶん和製英語なんでしょ。
男同士のラブストーリーを
総じてボーイズラブと言うんですよ

冷静 徹也(れいせい てつや)

詳しいな。
お前もそのBLが好きなのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

好きなわけ無いでしょう!
むしろ滅びてしまえばいいとすら
思ってるのに!

冷静 徹也(れいせい てつや)

それは穏やかではないな

美家 王子(びいえ おうじ)

だってこの世に
BLなんてものがあるから、
俺は親友を失うし、
彼女ができないし……

冷静 徹也(れいせい てつや)

それは違うな

美家 王子(びいえ おうじ)

わかってますよ。
俺の努力が足りないから
彼女が出来ないって
言いたいんでしょう?

冷静 徹也(れいせい てつや)

いや、そうじゃない。
キミが女性よりも
男性に好かれるのは……

冷静 徹也(れいせい てつや)

美家 王子。
キミが男性にとって
あまりにも魅力的なせいだ

美家 王子(びいえ おうじ)

はい?

冷静 徹也(れいせい てつや)

いや、何も俺がキミに
惚れたというわけじゃない。
あくまで一般論を言っている

美家 王子(びいえ おうじ)

あんたの一般は
どこの世界の一般なんだ

冷静 徹也(れいせい てつや)

まあ、それはともかくとして。
事情は大体わかった。
彼らが帰るまでは
ここに匿ってもいいだろう

美家 王子(びいえ おうじ)

助かります

冷静 徹也(れいせい てつや)

だが先ほども言った通り、
逃げているだけでは
何も解決しないぞ

美家 王子(びいえ おうじ)

だったら
どうしろっていうんですか?

冷静 徹也(れいせい てつや)

自分が思っている事を
誠意を持って伝えろ。
それだけで事態が
好転する場合もある

美家 王子(びいえ おうじ)

……事態が悪化したら?

冷静 徹也(れいせい てつや)

その時はその時だ。
あきらめるしかない

美家 王子(びいえ おうじ)

無責任だなあ……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

すみませーん!
開けてくださーい!

美家 王子(びいえ おうじ)

(ヤバイッ!!
あれは藤吉さんの声だ!)

冷静 徹也(れいせい てつや)

ロッカーに隠れていろ

美家 王子(びいえ おうじ)

は、はい!

美家 王子(びいえ おうじ)

(くそっ、狭いな……)

冷静 徹也(れいせい てつや)

生徒会室に何か用か?
部外者は
立ち入り禁止なんだが

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

ある男の子を
探しているんです……

冷静 徹也(れいせい てつや)

そうか。
だが、ここには
俺以外いないぞ

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

おかしいんですよ。
下駄箱には外靴が有るのに、
学校中どこを探してもいないんです

冷静 徹也(れいせい てつや)

トイレにいるんじゃないのか?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

いえ。
彼を一緒に探していた男の子に
見てもらったんですけど、
どこのトイレにもいませんでした

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

まだ見ていないのは、
この生徒会室だけなんです!

美家 王子(びいえ おうじ)

(ひいいっ)

冷静 徹也(れいせい てつや)

その一緒に探していた
男の子というのは、
どこへ行ったんだ?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

上履きのまま帰っている
可能性を考えて、
彼の家へ向かいました

美家 王子(びいえ おうじ)

(もうほとんどホラー映画)

冷静 徹也(れいせい てつや)

一つ言わせて貰おう。
逃げたり隠れたりしている人間を、
しつこく追い回すのは
あまり感心しないな

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

でも……。
せっかくサイズが
ピッタリのドレスを
インターネットで見つけたから、
着て欲しくて……

冷静 徹也(れいせい てつや)

だが本人は
嫌がっているのだろう?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

嫌がってるんじゃなくて、
照れているだけです!

美家 王子(びいえ おうじ)

(またその理屈キター!!)

冷静 徹也(れいせい てつや)

俺が今から言うのは、
あくまで一般論だが……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

はい

冷静 徹也(れいせい てつや)

自分の意見を押し付けるだけでは、
要求が通る可能性は低い。
相手の意見もきちんと聞くんだ

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

私はきちんと聞いてますよ!
彼の心の声を!

美家 王子(びいえ おうじ)

(なんかスピリチュアルな方向から
攻めてきだぞ……)

冷静 徹也(れいせい てつや)

心の声?
それはキミの思い込みだろう

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

えっ……。
そ、そんなこと無いです!

冷静 徹也(れいせい てつや)

いや、有る!!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

う゛っ

冷静 徹也(れいせい てつや)

自分の思い込みを
相手に押し付けるだけでは、
永遠に互いを
理解することはできない

冷静 徹也(れいせい てつや)

せっかく縁があって
知り合えたというのに、
それでは悲しすぎるだろう?

美家 王子(びいえ おうじ)

(会長……)

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

そうですね……。
家に帰って反省します……

美家 王子(びいえ おうじ)

待ってくれ、藤吉さん

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

BL王子!

美家 王子(びいえ おうじ)

よく考えたら俺は、
藤吉さんにちゃんと自分の気持ちを
伝えていなかった気がする

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

BL王子の気持ち……?

美家 王子(びいえ おうじ)

藤吉さんを初めて見たとき、
すごく可愛い子だなと
思ったんだ

美家 王子(びいえ おうじ)

(その直後に
変な子だなと思ったのは
秘密だけど)

冷静 徹也(れいせい てつや)

(外野がいる前で
よく告白ができるな)

美家 王子(びいえ おうじ)

だけどキミは、
俺をBLの妄想の対象としか
見ていない。
だから……!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

は、はいっ

美家 王子(びいえ おうじ)

腐女子を卒業して、
俺のかっ、かっ、かのっ……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

かの?

美家 王子(びいえ おうじ)

友達になって
ください!

美家 王子(びいえ おうじ)

(彼女になって下さい
とは言えなかった……)

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

だが断る

美家 王子(びいえ おうじ)

ッッ!?!?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

友達になるのは構いません。
っていうか私は、
もう友達のつもりでしたよ?

冷静 徹也(れいせい てつや)

では何を断ったんだ

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

腐女子を卒業する
ってことです。
そんなの無理ですよ

美家 王子(びいえ おうじ)

やって見なきゃ
わからないじゃないか!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

腐女子を辞めろなんて、
私に息をするなと言ってるのと
同じです!
そんなの死んじゃいます!

冷静 徹也(れいせい てつや)

3分くらいなら
息を止められるだろう

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

やってみます!
むむ~っっ……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

ぷは~っ!
ダメです!
3分も持ちません!

冷静 徹也(れいせい てつや)

15秒か……。
堪え性が無いな

美家 王子(びいえ おうじ)

何の話をしてんだ
あんたらは!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

とにかく、
腐女子を辞めることなんて
無理です……

美家 王子(びいえ おうじ)

そんな、藤吉さん……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

今日のところは、
ドレスをあきらめます。
その代わり次は体育倉庫に
責田くんと二人きりにして
外から鍵を掛けますから!

美家 王子(びいえ おうじ)

(ダイレクトな犯罪予告)

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

もう時間も遅いので、
帰りますね。
それじゃあさようなら~

美家 王子(びいえ おうじ)

…………

冷静 徹也(れいせい てつや)

見事に撃沈したな

美家 王子(びいえ おうじ)

ほっといてください

冷静 徹也(れいせい てつや)

こんなに
落ち込んでいるキミを見て、
放っておけるわけが
ないだろう

美家 王子(びいえ おうじ)

え゛っ?
どうして俺を
抱きしめるんですか?

冷静 徹也(れいせい てつや)

すまない……。
キミがこういうのを
毛嫌いしているというのは
充分承知だ

冷静 徹也(れいせい てつや)

だが……。
彼らから守っている内に、
どうやらキミを
好きになってしまったようだ

美家 王子(びいえ おうじ)

はい?

冷静 徹也(れいせい てつや)

キミの意思を確かめずに
口づけをするという無礼を、
どうか許して欲しい

美家 王子(びいえ おうじ)

えっ!
ちょっと!
待って……!!

冷静 徹也(れいせい てつや)

……チュッ

美家 王子(びいえ おうじ)

んっ……

美家 王子(びいえ おうじ)

ぶはーっ!
何考えてんですか会長ー!!

冷静 徹也(れいせい てつや)

初めてだったのか?

美家 王子(びいえ おうじ)

初めてじゃないですよ!

冷静 徹也(れいせい てつや)

チッ……。
ファーストキスじゃ
なかったのか

美家 王子(びいえ おうじ)

舌打ちしてんじゃない!
1回目も2回目も
キスの相手が男だなんて最悪だ!
ううっ……

美家 王子(びいえ おうじ)

なんで背中を
叩くんですか?

冷静 徹也(れいせい てつや)

元気を出せ

美家 王子(びいえ おうじ)

あんたのせいで
へこんでるんでしょうが!!

冷静 徹也(れいせい てつや)

そうか、
ならば責任を取って付き合おう。
安心しろ。
テクニシャンな俺が優しく……
そして時には激しく抱いてやるから

美家 王子(びいえ おうじ)

俺はボーイズラブに
興味は無い!
いい加減にしろーっ!!

冷静 徹也(れいせい てつや)

あっ……!

冷静 徹也(れいせい てつや)

(行ってしまった……。
2年A組の美家 王子か、
覚えておこう)

美家 王子(びいえ おうじ)

(はあ……。
今日は最低な日だった……)

責田 好(せめだ こう)

よっ、王子!
遅かったな

美家 王子(びいえ おうじ)

なんだよ、コウ……。
家に帰んなくて
いいのかよ?

責田 好(せめだ こう)

おばさんに頼んで、
今日は泊まらせて
もらうことにした

美家 王子(びいえ おうじ)

帰れ

責田 好(せめだ こう)

えっ?
昔はよく泊まっただろ。
また一緒に風呂に入ったり、
同じ布団で寝たりしようぜ

美家 王子(びいえ おうじ)

それはお前が
ホモだと知る前だ!
ついでに言うと
布団は別々だっただろ!

責田 好(せめだ こう)

…………

ナチュラル伯爵

…………

美家 王子(びいえ おうじ)

学校でも見たような気が
するけど、
お前は一体何なんだ!

責田 好(せめだ こう)

ナチュラル伯爵に
八つ当たりすんなよ

美家 王子(びいえ おうじ)

いいからお前は帰れ!!

責田 好(せめだ こう)

いってーな。
背中を蹴ることねえだろ

美家 王子(びいえ おうじ)

早く帰って手当てしろよ。
じゃーな、おやすみ!

責田 好(せめだ こう)

ひでえ……

責田 好(せめだ こう)

(でも、そこが可愛いんだよな)

※ナチュラル伯爵・出典『犬が飼いたい!』
http://storie.jp/user/works/view/10309
(作者の脱腸くん様よりご許可を頂いております)

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